三浦俊彦 - エッセイ索引

三浦俊彦「健食の達人」(1)~(3)

* 出典:『Naotta!』2001年6,7,8,9,12月号連載


 第1回 (『治った!』Vol.0:2001年6月号掲載) ← 準備中


 第2回 (『治った!』Vol.1:2001年7月号掲載)

 「健康食品」になぜ惹かれるのですか、と今まで何千回聞かれただろう。
 ……なぜと言われてもなあ。
 私も人間だから健康食品以外にいろいろ趣味があるわけで、でも「なぜ環境音楽を集めるのですか」と聞かれたことはないし、「なぜ小説を書くのですか」とも聞かれたことはない。「なぜ哲学を専攻したのか」とも聞かれないな。「なぜ怪獣の絵を描くのか」とも、「なぜ格闘技が好きなのか」とも、「なぜグレイシー柔術を応援するのか」とも、「なぜ将棋が好きなのか」とも、「なぜ女子大の囲碁部の顧問を引き受けたのか」とも聞かれたことないよなあ。「昆虫が好きなのはどうして」とも、「なぜヤモリを見つけると必ず家に持ち帰るんですか」とも聞かれないし。「烏龍茶の340ml缶を集めるのはどうして」と聞いてくる人もいないし。「なぜ斎藤由貴のファンクラブに入ってたんですか」と聞かれたこともなければ、「ずっと年上の香山美子さんのファンというかむしろ恋愛感情に似た気持ちを二十七年間も抱き続けているのはなぜですか」と聞かれたこともないしな。
 そう。人が何を好もうが何を愛そうが、誰も興味なんて持たないものなのだ。お見合いの席ででもなければ、相手の趣味が何だろうがどんな生活してようが気に留めやしない。それが人間てもの。
 だけど健康食品についてだけは聞かれるんだなあ、「え、なんで?」と。全然親しくもない、互いに無関心の、行きずりというかかりそめというか形式的というかどーでもいー人も、「錠剤をまあ一日に三百錠くらい……」と言ったとたん「え?」と身を乗り出す。そして必ず「どうして?」
 うーん。だからどうしてと言われても。ただなんとなくイイから、としか答えようがないよね。逆にこっちから聞きたい。「どうして、健康食品のときだけ『どうして?』って聞くの?」と。「どうして『どうして』?」ややこしいな。
 健康食品のことをみんな詮索したがるのは、きっと自分もやってみたいからだろう。宗教がすたれて「真理」も「神」も信じられなくなり、不倫ブームで「愛」も疑わしくなり、「正義」も「美」もいかがわしいものとなったこの時代、「健康」だけは頼れる唯一の価値基準として生き残っている。その「健康」を臆面もなく掲げる健康食品に、一度はドップリ浸かってみたいのがそりゃ人情というものだろう。ビタミン剤の一つや二つ飲んでる人は多いだろうが、一日何百錠とか聞いて、あ、そういうのもありなの、と目覚めた感じがするのだろう。
 そう。だからやってみればいい。形からして錠剤だったりカプセルだったり、いかにもクスリというか、いや実際「医薬品」表示がついてるのも少なくないわけで、クスリというとドラッグというわけで、麻薬とか覚醒剤とかそういう不健康イメージがつきまとう。けれど基本的に「健康」食品だから体にはいいに違いない。いやしかし、こういうカプセルを1日に何十粒も飲むのは……。
 とまあ、そういう憬れと不安が、人生のウラとオモテ、日なたと日陰をつなぐような快感を呼び起こす。
 だから質問への答えはこういうことになる。
 「私がなぜ健康食品に惹かれるかというと、あなたがこの質問の答えを知りたがるのと同じ気持ちからなんですよ」……。


 第3回 (『治った!』Vol.2:2001年8月号掲載)

 少子化の影響で大学も不況をきわめ、われわれ教員も営業活動に励まねばならない時代になった。高校を訪れて、生徒の推薦を依頼するのである。一人五校ほど割り当てられて、そんな営業出張の帰り道のこと。
 バスに追い抜かれながら遠路を歩いてそろそろ駅かなというところで漢方薬局が目にとまった。ふだん訪れない土地では掘出し物にめぐり合う確率が高いので、バスやタクシーはなるべく使わずまめに歩いて薬店チェックをする習慣なのだ。
 棚に並ぶ漢方薬やお茶や錠剤を眺めつつ、あ、この『ラッキーミール』ってのは初めて見るぞ、ニンニク抽出液か、キヨーレオピンとどう違うのかな、む、この『清圧茶』っての、一箱二千円か、手頃だな買おうかな……、まだ2~3分しか経ってなかったと思うが、カウンターの向こうから私をじっと見ていた店主らしき白衣の男が、
 「ひとの店のものを……何じろじろ見てるんですか」
 (はあ?)商品見てたら「ひとのものなに見てる」? いかにも詰問というか不快な口調。私はびっくりしたまま反射的に「客に何言ってんの?」と返すと、なんとかがよくあるんでねえみたいなわけわからないことをぶつぶつ口尖らせて呟いてくるので私はますます呆れて「あんたそれで店やってるつもり?」
 するとたちまちいきり立って「客にそんなこといわれる筋合はない、帰ってくれ!」
 もちろんただちにおさらばしましたさ。
 ほんっと、不愉快でしたね。
 あれがこの道一筋の頑固老人みたいな人だったらなんとなくサマになって、「しょ~がねぇ~な~」と許せる気もするのだが、単なる貧相な四十男だったから。ひたすらコノヤローと腹立たしいだけ。
 漢方薬局には応対が無愛想なところが多いのは事実だが(たとえば「ドリンク剤ありますか」と聞いてごらんなさい、たいてい「あんたモグリだね」的軽蔑の眼差しを向けられるでしょう)、今回のはまさに論外。はじめから喧嘩腰。心の病じゃないか。
 後で考えるとどうも、棚をサーっとサーチする私の「プロっぽい」眼つきが、値段調べに来た他店のスパイと思われたようだ。
 というかそもそも、入ってきてすぐ「腰がどうも……」「目の疲れが……」的相談をする気配もなく黙って棚を見まわすような客は不審人物だったということでしょうね。
 今や品質的にほとんど漢方薬局並みのサプリメントが、量販店やコンビニにすら色とりどりに出回っている時代。それでもまだまだ、業界中枢では実用本位のお堅い価値観が支配してるんだな、ってことが、あの店主の陰険な眉間の皺から改めて読み取れたのだった。
 しかしなあ。「健康」ってのは直接あくせく求めない方が手に入るんじゃないかな。漢方やサプリメントを、健康目的ではなく趣味として、本やCDを漁るようにして買い集める人間も世の中にはいるんだってことが当り前に理解されない限り、本当に健康な社会は実現しないんじゃないかな、と。
 いや、そういう文化論的なことはずっと後で考えたのであって、直後はただただ腹が立って、店から取ってきた〈心と身体の相談薬局〉とかいうチラシ片手に「あんな店で相談したらよけい身体悪くなるぞ、絶対行くな!」店名・住所添えて地元近辺の知人友人に連絡しまくったのである。当り前でしょ。


 第4回 (『治った!』Vol.3:2001年9月号掲載)

 新刊案内(2001.10.29):三浦俊彦『サプリメント戦争』 として掲載済


 第5回 (『治った!』Vol.4:2001年12月号掲載)

 『宝力精』『活龍盛』『雷神力』『龍神力』『解糖源』『快流源』『蟻皇宝』……。私ゃ三文字にどうもヨワイな。通販カタログにこうずらずら並べられると、何万円だろうとまとめて買わずにはいられない。
 注文したら、無料プレゼント品が四つ付いてきた。そのうち二つに「む」と唸った。
 一つは、アメリカより個人輸入代行、『ヨヒンベ・パワーマックス』。いわゆるエクスタシー系「合法ドラッグ」の中でも常にトップの座を占める西アフリカの樹皮エキスである。なぜか日本では売られていないので、私もあえて入手しようとせず、飲んだことがなかった代物だ。
 いや、日本にも、ヨヒンベの有効成分「ヨヒンビン」を化学合成した「塩酸ヨヒンビン」配合のドリンク剤やカプセル剤が流通している。ただしみな劇薬指定で、薬局で氏名、住所、職業を明記、捺印しなければ買えないというものものしさ。どうも完全な「クスリ」である。即効性があると同時に心拍を早め血圧を上げるなど副作用もある興奮剤ってわけで、あまり売りたがらない店も多いという。
 今回送られてきたのはその天然版だ。一本一万二千円の品というから無料プレゼントとしては豪華である。媚薬の解説本を見ると、ガラナやコラ、ムイラプアマなどの無害な媚薬と違って、ヨヒンベは「影響」欄に△や×がついている。天然ヨヒンビンも副作用が豊富らしい。「アルコールと併用するな」「他のドラッグと併用禁止」「心臓の弱い人禁止」「前立腺肥大の人禁止」……禁止だらけ。
 ふむ……。サプリメントフリークたる私はどちらかというとクスリ嫌いなんだが、はてどうしたものだろうな。媚薬系もガラナや漢方方面はずいぶん飲んだものだが、このヨヒンベはちとレベルが違うようだぞ。……などと考えるまでもない。もらったんだから飲まなきゃ。置いといても利息はつかないし。スポイトで舌下に垂らして粘膜吸収という指示に従って、毎日、きちんと飲み続けている。
 いや、「ズシンとくる充実感 速攻ダイレクト」という宣伝文句のわりには、一瞬ポッと体が暖かくなるだけで、別にどうってことありませんけど。まあ世の中そんなもん。
 ただしもう一つのプレゼント品と並べるとこのスポイトが輝きを増してくる。『秘液』。化粧水風の30g瓶。ヒアルロン酸の透明潤滑ゼリー。なになに、「女性自身からの愛液分泌が不充分で挿入困難な時に」「時には自慰に 粘膜や性器を傷つけたりせず、自然にスムースに大きな満足が得られます」……。ご丁寧にご親切にどうも、って感じですね。「男性自身」に縫っても使えるとある。
 こりゃちょっと恥かしくて使う気にはなれないが、ヨヒンベで暖まった肌へこれを塗ろうものなら俄然気分盛り上がるんだろうな。最新のカタログによると、この透明タイプからバージョンアップ、「より愛液に近いものをという声にお答えして、白濁した感じの愛液色タイプを開発し」たとのこと。
 声。そうか。お答えすべき「声」があるのか。世の中、みんな一生懸命なんだ。そういうことを時々知るだけでも、人間ってケナゲだな、よしおれもやるぞってなんだか元気出てくるじゃありませんか。健食とか精力剤ってのは、飲んだり実際使ったりするよりも、その存在そのものが、そういうのが流通してるのかという知識そのものが、市民の活力の密かな源になるんじゃないだろうか。