(書評)「色あせぬ50年前の中国観」『読売新聞』1971年1月18日掲載
* 出典:バートランド・ラッセル(著),牧野力(訳)『中国の問題』(理想社,1971年)の書評* 原著:The Problem of China, 1922.
ラッセル著書解題 |
この時にあたって、ラッセルは、中国を愛し、中国文化を尊敬 し、新しい革新のエネルギーを理解し、期待した。かれは帰国するとすぐにこの『中国の問題』を書いた。それが半世紀をへた今、日本で訳出され、イギリスでも、1966年に本書の再版が出ている、ということは、50年前に書かれた本書が、そうして50年前のラッセルの中国観が、いまなお鮮烈に今日的意義を持ち続けている、ということである。
原点に返れ、ということがよくいわれるが、新中国生成の原点は「五・四運動」にあり、その「五・四運動」の知識青年たちが、かれらに共通した姿勢を要約したようなラッセルの『社会改造の諸原理』などを聞き、読み、時に反発したりしながらもラッセルの考え方を、かれらの共有財産のように扱っていた事実は注目すべきである。
魯迅や陳独秀は、ラッセルの生ぬるい改良論に反発したし、長沙でラッセルの講演を聞いた28歳の毛沢東も、やはり反発した。しかし、孫文は、「ラッセルこそ今まで中国を理解した唯一のイギリス人だ」と言ったと伝えられた。
当時、中国を侵略し、分割して統治することまでを考えていた列強帝国主義の中国観が横行する中にあって、わが日本もけっして例外ではなかった。(いや、列強侵略のトップ・バッターを以て任じてさえいた!)
「中国の革命家が、自衛能力を達成した暁に、戦争阻止の自制力を持ち得れば・・・、その時こそ、中国は世界における中国に適した役割を果たせることだろうし、また、最も必要な瞬間に中国は人類に全く新しい希望を与えてもくれよう。若い中国に私の期待するものはこの希望である。」(本書「中国将来の展望」p.282)と卓抜な洞察をみせたラッセルの中国論は、50年後の今日においてもけっして色あせてはいない。
巻末54ページにわたる新島淳良教授の「バートランド・ラッセルと中国」は、力のこもった明快な解説であり、新中国の原点の時期と中国知識青年のラッセルヘの反応は、なまなましいいぶきを伝えて紹介されている。(理想社、980円)