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ラッセル『権力』(松下彰良・訳)

Power, 1938, by Bertrand Russell

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第2章 指導者と追従者 n.13


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 このように,一つの動機としての権力愛は,臆病さによって制限を受け,臆病さもまた,自発的でありたいという欲求制限する。権力は,権力を持っていない場合に可能である以上に,我々の欲求を実現することを可能にしてくれるので,また,それによって他人の服従(deference 敬意)を確保できるので,臆病さが邪魔をする場合は別として,権力を欲求する(注:直接権力を獲得する,あるいは、他の権力者を通して間接的に権力を獲得する)ことは自然なことである。この種の臆病さ責任の習慣(habit of responsibility 地位に伴う責任をとり続けることによって,次第に減ってゆき,そうして,それに応じて,いろいろな責任(体験)は,権力への欲求(権力欲求)を増しがちである。残酷な目にあったり,非友好的な扱いをされると,その経験は、次の両方(あるいはどちらか)の方向に働く可能性がある。(即ち)一方では,簡単に脅かされる人々の場合には,人目をさけたいという願望を生み出し、他方,大胆な精神を持っている人々の場合は,(いやな経験という)刺激を受けて、残酷な目(仕打ち)にあうよりも,残酷な目(仕打ち)を課すことのできる地位を探し求めようとする。

Chapter II: Leaders and followers, n.13

Thus love of power, as a motive, is limited by timidity, which also limits the desire for self-direction. Since power enables us to realize more of our desires than would otherwise be possible, and since it secures deference from others, it is natural to desire power except in so far as timidity interferes. This sort of timidity is lessened by the habit of responsibility, and accordingly responsibilities tend to increase the desire for power. Experience of cruelty and unfriendliness may operate in either direction: with those who are easily frightened it produces the wish to escape observation, while bolder spirits are stimulated to seek positions in which they can inflict cruelties rather than suffer them.

(掲載日:2017.03.18/更新日: )