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バートランド・ラッセルを読む会_読書会レジメ 022

(第22回)読書会メモ「ラッセル結婚論」(2009.02.21)

[テキスト]安藤貞雄(訳)『結婚論』(岩波文庫版/Marriage and Morals, 1929)
・他に、堀秀彦・訳(角川文庫版)や後藤・訳(みすず書房・ラッセル著作集第5巻)、江上哲彦・訳(社会教養文庫版)などがあります。

 以下は、(2009年)2月21日の読書会のために松下が用意したメモですが、時間の都合で、次回(4月18日)に使うことになりました。

『結婚論』(教養文庫版)の第1~第4章からの抜書


  1. 2種類の読み方が必要
    1)現代の観点に立って(いつも再評価が必要)
    2)歴史的な文脈で(歴史的評価も必要)
    ・1929年に書かれたということ/当時の社会に与えた影響 ・ラッセルは1940年に、この本が槍玉にあがって、ニューヨーク市立大学教授の発令が取り消されたという事実(いわゆるバートランド・ラッセル事件
    ・なぜ、この本が、ラッセルのノーベル文学賞受賞理由の1つになったのか
    (『西洋哲学史』その他の一連の著作を含めた'総合評価'ではあるが。/ラッセルは、人間の自由の拡大のために、ペンの力で戦った・・・とか)

  2. 古くなった記述・今でも新鮮に思われる記述
    ・第二次世界大戦後、性倫理は、欧米を中心に世界的に急速に変化した(自由化された)ということ(そういった意味では、既に古くなっている記述は少なくないかもしれない。)
    ・欧米では自由化されても、欧米以外ではまだそこまでいっていない国や地域も少なくない。(例:イスラム圏)
    ・ラッセルが提唱した'試験結婚 trial marriage' を制度化しているところはまだ聞いたことがない(今でも新鮮に思われる提案の1つ)。
    論理学や哲学の本であれば歴史的な知識や歴史的な観点はほとんど必要ないとしても、社会科学や人文科学の分野のものについては、書かれた当時の社会状況等を最低限理解していないと、書いてあることの意味も正しくとることができない(早飲み込みや誤解が多発する恐れあり。)
    ・古典は長い間読みつがれてきているものであるが、以上のような態度で読まないと、古典となっている著作から恩恵を受けることはできないだろう。
    ・Web にはラッセルのこの『結婚論』についていろいろ書かれている。あまり読まずに批判しているものも少なくない。(たとえば、ラッセルの意見は古すぎるとか・・・、第18章の優生学のところや人口問題のところを読んで、ラッセルは人種差別主義者であると非難しているものがけっこうある。)

  3. 『結婚論』序論
    ・冒頭にマルクス主義やフロイト主義の結婚観の紹介がある。1960年代位までは、日本の社会でもマルクス主義はかなり影響を与えていた。現在は -少なくとも日本を含め、先進国といわれている国や地域においては- イデオロギー的な考え方は支配していない。日本も高度成長前は、マルクス主義、その他、○×主義、といったイデオロギーなものがけっこう流行っていたが、現在ではイデオロギー的な考え方は一般的なものになっていない。政党支持も、支持政党なしという人が非常に多い。今の若い人はこのあたりを読んでも実感できないかもしれない。
    ・本書が書かれた1929年(昭和5年)は、世界大恐慌の年であり、日本も経済的・社会的に悲惨な状況にあった(東北地方の若い女性の身売り)。欧米においても性倫理は、現在から考えると、当時は想像できないほど保守的であった。英国本国にあっては、ラッセルの'キリスト教批判'や'性の解放'などの主張は、一般の人々にとって、かなりショッキングなものであった(現在でもカトリック教徒からの批判は続いている)。
    ・第二段落のプラトンの『国家論』などは、マルクス主義に比べてより'哲学的'なので、まだ時代を生き残っていると言えるかもしれない。昔は、父親などの一家の大黒柱が死んだり働けなくなると、その子供が生存あるいは成長することが非常に難しかったが、現在先進国ではいろいろな救済措置が制度化されている。つまり、プラトンがいうように、「どんどん、父親の役割を国家や自治体などの社会」が奪っていっている。(昔は国家や社会が、「制度的に」貧しい人々を救済してくれることは少なかった。孤児院とか救貧院など、人々に施しをする施設が少しあったとしても、現代のように社会福祉が国家や自治体の重要な役割・任務とは考えられていなかった、というかその余力が社会にはなかった。)
    ・社会が豊かになれば、一般的にいって、それだけ「人間の自由」も増えてくる。性倫理も時代によって随分変ってくる(自由化が進む)。
    ・現在では、性倫理とも関係深い「生命倫理」がよく問題になる。一昨日も、卵子・精子のとりちがえ事件があった。'試験管ベビー'が当たり前の社会になれば余り論争は起こらなくなるだろうが、そのような社会には当分ならないだろう。子どもをどうしても生みたい女性は、他人から精子をもらってでも生もうとするが、どこまでなら許容されて、どこからはダメかということの共通理解は現在社会にはない。もちろん、そういったものも時代によって変化するが・・・。

    ・ラッセルはここで、自分の気持ちだけではなく、少なくともここに書いてある4つの観点(個人的影響、夫婦や男女関係、家族、国家)から考える必要がある、と主張している。(現在においても、物事を一面的に見る人が少なくない。 → ここに書かれていることは、今でも重要である。

  4. 『結婚論』第2章 母系社会
    ・現存する制度を理解するためには、どのような道をたどって現在の制度にいたったか、過去の制度や未開社会の制度について、まず調査研究する必要がある。
    結婚の習慣はいつから? 「本能」の役割や重要性がよく強調されるが、本来の意味での本能はどこまで支配しているのだろうか?  → 本能だとはっきり言えるのは、「幼児が乳を吸う行為」くらいではないか、とのラッセルの考え
    ・マリノウスキーによるトロブリアンド島民の研究
     現在(2009年)からみれば、マリノウスキーの研究は、少し事実関係において間違いもあるようである。・・・しかし、トロブリアンド島民については少し事実誤認があるかもしれないが、'父性の発見の意味合い'は、理論的には納得できそうである。(即ち、父性の役割がわかれば、・・・)
     現在の男系を中心とした一夫一婦制が古代から当たり前であったわけでないことの理解は重要であろう。

  5. 『結婚論』第3章 家父制度
    ・なぜ、子孫の繁栄(大家族、生めよ殖やせよ)が重視されてきたか(今でも貧しい発展途上国では多産)、宗教でも・・・
    ・なぜ母系社会に比べ、父系社会は「競争的な」社会になるか(権力と不死への願望)
    ・労働力の多少よりも権力を握ったほうがより現代社会においては・・・ (現代では、経済力があり、優秀であっても、家族を多くもたないというか、逆に貧しい人間の方が家族数は多い。)
    ・東洋における祖先崇拝: 父権が強かったなごり。(長男が)代々の墓を守るような、祖先崇拝は、日本社会でも消滅するだろうか?

  6. 『結婚論』第4章 男根崇拝、禁欲主義、及び罪
    A.性を肯定する要素
    ・日本各地の奇祭 (男根崇拝、逆にその女性版もある)→ 豊作や子孫繁栄を祈ることは同じ
    ・地球の周りを月の公転する月に対する信仰(太陰暦/月の自転周期は27.32日で地球の周りを回る公転周期完全に同期している。)

    B.性を否定する要素 ・多くの動物は、子供を育てあげれば役割を終えて死んでいく。しかし、人間の場合は、子供を育てあげた後も長く生きる人が多い。
    ・また、人間の遺伝子が、人類が繁栄するように働いているとしても、過剰に繁殖すると、逆に人間社会の生存を脅かすことになる。
    ・ 現代社会では、性は出産と半ば切り離されつつある。いい悪いは別にして、遠い将来、試験管ベビーが普通のことになるかも知れない。