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ラッセル関係書籍の検索 ラッセルと20世紀の名文に学ぶ-英文味読の真相39 [佐藤ヒロシ]

バートランド・ラッセルに関する Q & A

[質問]ラッセルのノーベル文学賞受賞理由について

 ラッセルのノーベル文学賞受賞の理由について教えてください。ある本にはラッセルのノーベル賞受賞は、『結婚と性道徳』(Marriage and Morals,1929)の執筆に対して与えられたものであると書かれていますが、ノーベル賞のホームページには『結婚と道徳』については述べられていないようです。
 別の本には、『西洋哲学史』の執筆に対して授与されたものであると書かれています。どちらが正しいのでしょうか? (ラッセル自身は『自叙伝』で自分の『結婚と道徳』に対して与えられたと書いています。)

[回答](2000年10月21日:松下)


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 ノーベル賞は全ての分野を対象としたものではありません。従ってそれを補完する賞がいろいろあります。(よく、「・・・界のノーベル賞である・・・」、といった表現がありますよね。数学分野のノーベルとでもいうべき「フィールズ大賞」他、いろいろあります。)
 ノーベル「哲学」賞というものはないので、「文学賞」が授与されたわけですが、ノーベル賞を誰に授与するかということも政治的にまったく中立とはいえません。自然科学系はかなり客観的な評価がなされていると思いますが、一番政治的な意味合いを持っているのはノーベル平和賞です。ラッセルが始めたパグウォッシュ運動及びそれによってできたパグウォッシュ会議は最近ノーベル平和賞を受賞しました。創始者かつ精神的支柱であったラッセルは十分ノーベル平和賞に値すると思っていますが、アメリカのベトナム戦争介入を非難したり、核兵器撤廃運動で「過激な」発言をしたり、座り込みデモをしたり、西欧列強の政府を非難したりしたために、ノーベル平和賞は授与されませんでした。

 ノーベル賞を授与すべきかどうかは、その人が革新的な発見をしたか、また、世界の人々の生活や考え方にどれだけ「大きな」かつ「良い」影響を与えたか、ということが大きな判断材料だとすれば、ラッセルのノーベル文学賞受賞理由の一番大きな理由は、(各国でベストセラーとなった)『結婚と性道徳』の執筆に対してであるといえなくもないと思われます。実際、新聞にはそのように書かれたかも知れません。それに比べ、『西洋哲学史』が世の中にどれだけの影響を与えたでしょうか?(私自身はすばらしい本だと思いますが。)
 ラッセルの『結婚と性道徳』の影響はあきらかだと思います。ラッセルがこの本を出版したのは1929年のことですが、その頃はアメリカでもラッセルのような考え方は異端かつ過激であり、そのせいで1940年にニューヨーク市立大学教授就任の予定が(裁判でまけて)ふっとんだのは有名な話です。
 ところが今はどうでしょう。ラッセルが書いていることは先進国の多くの人々が「あたりまえ」だと考えています。第二次世界大戦後、世界(特に先進国の)人々の考え方は激変しており、人間の自由(の拡張)のために戦った先人たちの先見性は十分評価すべきものです。現代の若い人達はラッセルの『結婚と道徳』には当たり前のことしか書かれていないと言う人が少なくないようですが、それは「歴史的忘恩」とでもいうべきものですし、またラッセルの「試験結婚(trial marriage)」の考え方(='同棲'とは違い法的に認めるものです。)は一般には認められておらず、まだ現在でさえ先進的な部分が残っています。