我々は,日曜日には,自分を愛するように隣人を愛するべきであると言われる。(しかし)一週間のうちの他の6日間は,隣人を憎むことを熱心に勧められる。・・・害を加える者を憎むのは正しいという異議が出されるかもしれないが,私はそうは思わない。あなたが彼らを憎むならば,あなたもまた,害を加える者となるだけである。即ち,あなたが彼らに悪しきやり方を放棄させるように導くようにならない可能性が大きい。悪を憎むことは,それ自身,一種の悪への屈従(悪にとらわれること)である。悪から抜けだす道(方法)は理解(による方法)であって,憎悪(による方法)を通してではない。
We are told on Sundays that we should love our neighbors as ourselves. On the other six days of the week, we are exhorted to hate. ... It might be objected that it is right to hate those who do harm. I do not think so. If you hate them, it is only too likely that you will become equally harmful; and it is very unlikely that you will induce them to abandon their evil ways. Hatred of evil is itself a kind of bondage to evil. The way out is through understanding, not through hate.
出典: Bertrand Russell: Knowledge and Wisdom (1952).
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1073_KW-050.HTM
<寸言>
悪を正すという名目で、憎悪感情という蔑むべき感情を満足させようとする。自分の感情をコントロールするのは難しいが感情の趣くままに行動することは簡単である。蛮勇(野蛮な勇気)は真の勇気ではない。そこのところを理解しない人が多い。