恐怖(心)はこれらのあらゆる害悪が生じる源泉である。パニックに陥った時に起こりがちなように,恐怖(心)は恐れられる惨害をもたらす当該行為を起こさせる。危険は現実に存在しているが -その危険は,実際,人類の歴史のいかなる時代よりも大きい- しかしヒステリーにかかりやすいものはみな危険を増大させる。この困難な時代においては,危険を知るばかりでなく,その危険の重大さを知っているにもかかわらず冷静かつ合理的に対処することは我々の明確な義務である。オーウェルの「一九八四年の世界」を仮にその存在を我々が許したとしても長続きはしないだろう。それはただ普遍的な死(世界の滅亡)への前奏曲であるだけであろう。
Fear is the source from which all these evils spring, and fear, as is apt to happen in a panic, inspires the very actions which bring about the disasters that are dreaded. The dangers are real -- they are indeed greater than at any previous time in human history-- but all yielding to hysteria increases them. It is our clear duty in this difficult time, not only to know the dangers, but to view them calmly and rationally in spite of knowledge of their magnitude. Orwell's world of 1984, if we allow it to exist, will not exist for long. It will be only the prelude to universal death.
出典: Bertrand Russell: Symptoms of Orwell's 1984,(1954)..
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1070_SoO-090.HTM
<寸言>
国家(の指導者)は,国民が素直(国家に従順)であることを望みます。従って,時の政府を批判するような内容は,「政治的」であるとして,義務教育からは可能なかぎり排除しようとします。政府批判及び政府擁護の両者の意見を聞かせて,生徒自らが考えるような教育を本来すべきですが,政府批判をさけるために,どちらの意見も政治的だとして学ばせないために,「本当に重要なこと」の多くを学ばずに大人になってしまいます。 欧米では,高校生にでもなれば,政治に関しても自分の頭で考えてものが言える状態になりますが,日本では「政治のことは興味がない」とか「政治のことはわか~んない」と平気で言う状態です。
18歳から選挙権を与えるなら,学校においても自由に,いろいろな意見に接することができるようにすべきであり,そうしないのであれば,18歳にまでなぜ選挙権を拡大したのか,その意図がよくわかりません。(若いうちに保守思想を吹き込みたいため? 保守も革新も同床異夢?)