過度の受動的な態度をさけることは教育上の課題である。それには,子供の遊びにおいては手のこんだ用具を与えるべきではなく,特別な技能に対して決して過度にほめないようにする必要がある。勉強においては,講義によって与えられる知識ばかりに耳を傾けず,自分で能動的に調べて勉強することを勧めなければならない。不幸にして権力者は,自分にとって都合が良いため,(多くの人間が)受動的であることを好む。
To avoid too much passivity is an educational problem. It demands, in play, the absence of elaborate apparatus and no undue respect for exceptional skill; in work, encouragement of active investigation rather than mere listening to knowledge imparted by means of lectures. Unfortunately the authorities like passivity because it is convenient.
出典: Are we too passive? (written in Feb. 3, 1932 and published in Mortals and Others, v.1, 1975)
詳細情報:http://russell-j.com/PASSIVE.HTM
<寸言>
権力者は受動的で情緒的な人間(被支配者)を好みます。
雄弁にすぐのりやすい選挙民・国民は政治家にとって御し易い対象です。
国民(選挙民)を持ち上げているように見えて,実は,「由らしむべし知らしむべからず」(注:大部分の国民は説明しても理解する能力を持っていない。従って、余分な情報はあたえずに、自分たちにまかせてくれるように誘導するのがよい。)が基本の保守政治家。