私が提案したいのは,(子どもに対する)身体的な勇気の訓練は,できるだけ物を操作したり制御したりする技術を教えることで与えられる,ぺきであり,ほかの人間と身体的に張り合って争うことで与えられるべきではない,ということである。登山や,飛行機の操縦や,強風の中での小舟の操作(など)に必要な勇気は,戦闘(身体的闘争)に必要な勇気よりも,はるかに立派なものであると,私には思われる。
I suggest that training in physical courage should be as far as possible given by teaching skill in manipulating or controlling matter, not by means of bodily contests with other human beings. The kind of courage required for mountaineering, for manipulating an aeroplane, or for managing a small ship in a gale, seems to me far more admirable than the sort required in fighting.
出典: On Education, especially in early childhood, 1926, Pt. 2: Education of character, chap. 4: Fear.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/OE04-110.HTM
<寸言>
ラッセルはもちろん身体的な勇気は良くないとは言っていない。
しかし、ラッセルは、勇気は「ほかの人間と身体的に張り合って争うことで与えられるべきではなく,ましてや祖国のために敵国人を殺す勇気ではなく、登山や,強風の中での小舟の操作など、できるだけ物を操作したり制御したりする技術を教えることで与えられる,ぺきである」と考える。 それに現代においては、スポーツを「実際にする(競技する)」人よりも「観戦(だけ)する」人のほうが圧倒的に多い。観戦するだけでは、「勇気」は身につかない。特に子どもが体を動かさずに、テレビやビデオでスポーツを「観戦」ばかりしているのは心身の成長によくない。