私自身は,自転車くらいの速度で威風堂々と航海する巨大な護送船に乗り,コルベット艦(機雷掃海や対潜水艦用として開発された小型の高速護衛艦)と飛行機によって護衛されて,英国に送られた。私は,『西洋哲学史』の原稿を携帯しており,不運にも検閲官達は,敵国を利する情報がこの原稿に含まれていないか一語一語点検しなければならなかった。けれども,検閲官たちはついに,哲学の知識は敵国のドイツ人にまったく役立つものでないことがわかって満足し,極めて礼儀正しく,私の著書を読んで興味深かったと明言した。正直に言えば,その時それは信じ難いと思った。
As for me, I was sent in a huge convoy which proceeded majestically at the speed of a bicycle, escorted by corvettes and aeroplanes. I was taking with me the manuscript of my History of Western Philosophy, and the unfortunate censors had to read every word of it lest it should contain information useful to the enemy. They were, however, at last satisfied that a knowledge of philosophy could be of no use to the Germans, and very politely assured me that they had enjoyed reading my book, which I confess I found hard to believe.
出典: The Autobiography of Bertrand Russell, v.3 chap. 1: Return to England, 1969
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/AB31-010.HTM
<寸言>
戦争を始めると(戦争が始まると)どの政府も「敵国を利するものはないか」,情報や図書の「検閲」を始める。’理論’哲学なんか対象にならないはずであるが、「危険思想」と当局が判断する場合は「哲学」も対象になってしまう。
「検閲」をする以上、不適当な言葉がどこに書いてあるかわからないので、全文を読まなければならなくなる。薄い本であればあまり苦にならないであろうが、アメリカの検閲官は気の毒なことに、大部な『西洋哲学史』の全体を読まなければならなかった。一般市民に対する公開講座で話されたものなので難しいところはなかったと思われるが、話したものに追加した部分は、意味(「真意」)を掴みきれないところがあったかも知れない。たとえば、『西洋哲学史』の中の次の文章。
「賢い人間が言ったことを愚かな人間が伝えると(とき),正確であったためしがない。なぜなら,愚かな人間は,自分が聞いたことを自分が理解できる内容(もの)に無意識に翻訳(誤変換)してしまうからである。」(別訳:利口な人の言ったことに関する愚かな人の記録は,決して正確ではない。なぜなら愚かな人は,自分の聞いたことを自分が理解できる何物かに,無意識のうちに反訳(誤訳)してしまうからである。)
[A stupid man’s report of what a clever man says is never accurate, because he unconsciously translates what he hears into something that he can understand.
(38)A History of Western Philosophy, 1945, chap. 11 (Socrates), p.101]
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