三浦俊彦による書評

★ J.リチャード・ゴット『時間旅行者のための基礎知識』(草思社)

* 出典:『読売新聞』2003年9月21日掲載


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 やっとまた一つ「本物」が翻訳された。
 科学の啓蒙書には意外に粗悪品が多い。確かめるのは簡単。一流科学誌に載ったオリジナル論文と読み比べてみればよい(素人に読める論文って結構あるもんです)。間違った紹介をしている啓蒙書が多いことに愕然とするだろう。
 本書にはその心配は全くない。著者自身の数々のオリジナル論文が物理学界にもたらした反響に沿いながら、体験談風に解説が進む。通俗啓蒙書とは格が違う、現場第一線の迫力だ。
 SF小説や映画が描く時間旅行の論理を判定する第一章から始まって、高速飛行による未来への旅を論じた第二章、宇宙ひもやワームホールによる過去への旅を扱った第三章、そして宇宙そのものが巨大なタイムマシンかもしれないという壮大な仮説を述べる第四章。「時間」の不思議さをたっぷり味わわせてくれる。
 多くの専門家の努力と協力の末達せられた偉観を、一読ですんなり理解しようというのはもちろん甘い。図版豊富で数式ナシという親しみやすい構成ではあるが、ネタはあくまで理論物理学。部分的にはけっこう難しかったりする。だから三、四章などは、最先端の香気を放つ散文詩として味わう読書モードも一法だろう。
 ただし最後の第五章はぜひ、全部理解するつもりで読んでほしい。未来予測のテクニックを明快に語るこの章の原案は、著者独自の「コペルニクス的人間原理」の論文だ。十年前『ネイチャー』に掲載されるや哲学界にも波紋を広げたその論文は、素人にも難なく筋道を追える専門論文の典型だった。「人間原理」は、皮相なデタラメ紹介記事がとりわけ幅を利かせてきた科学分野なので、本書第五章は本物の人間原理に接し理解する貴重なチャンス。人間原理的予測にもとづいて、〈タイムトラベルと人類存続のため必須である宇宙飛行計画を緊急再開せよ〉と説く熱い警世口調は、宇宙科学者という予言者の面目躍如と言うべきである。

注:「人間原理」は、皮相なデタラメ紹介記事がとりわけ幅を利かせてきた科学分野
  と書きましたが、なかでも最も悪質なものが桜井邦朋の諸著作です(なぜわざわざこの注をつけたかというと、奇しくも、上の書評と同じ紙面に、桜井邦朋の本の書評が出るという皮肉な符合があったからです! もっともその本には人間原理の話題は出ていないようですが)。桜井は、著書やインタビューで、人間原理の創始者ブランドン・カーターと先駆者ロバート・ディッケが「宇宙は人間のような知的生命のために存在する」と述べた、などと言いふらしていますが、これは全くのウソ。拙著『論理学入門』にも書いたとおり事実は全く正反対で、人間原理とは、人間がきわめてハカナイ、泡のような一瞬の揺らぎであると予測します。ポール・ディラックが、「ディッケの宇宙観では、生命は永続できないことになる。私はそういう宇宙は好まない」と言って人間原理に反発したのは有名な話。そんな人間原理ですから、当然のことながら、地球外文明の存在にも否定的です。人間原理シンパの私は、SETIなど無意味だと思っています(より正確に言えば、SETIの推進者たちがUFO=異星人乗物説を信じないのは自己矛盾であり、偽善でしかありません)。
 くれぐれも間違えないように! 人間原理は、「人間が宇宙の中心である」というのとは正反対の宇宙観なのです!
 ほんとうの人間原理を知りたい人は、ディッケやカーターの原論文を読むことをお薦めします。詳しくは、『論理学入門』巻末のブックガイドによって文献を選んでください。また、このHPの「<人間原理>と<可能世界>のページ」に、随時、信頼できる情報と論考を載せていきますから御期待ください。

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