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・・・。一方,私の収入は激減した。収入が減ったのは,一部は(1929年に)世界大恐慌が起こり人々があまり本を買わなくなったこと,一部は私がもう通俗的な本を書かなくなったこと,一部は1931年にカリフォルニアにあるハースト(William Randolph Hearst, 1863-1951)の大邸宅(注:サン・シメオン)に滞在することを拒否したことが原因であった。以前は,ハースト系の新聞に毎週論説を執筆して,年に1,000ポンドの収入があったが,私が滞在を拒絶してからは半減し,その後すぐにもう論説は不要だと言い渡された。
Meanwhile my income had diminished catastrophically. This was due partly to the depression, which caused people to buy much fewer books, partly to the fact that I was no longer writing popular books, and partly to my having refused to stay with Hearst in 1931 at his castle in California. My weekly articles in the Hearst newspapers had brought me £1000 a year, but after my refusal the pay was halved, and very soon I was told the articles were no longer required.
Source: The Autobiography of Bertrand Russell, v.2
More info.: https://russell-j.com/beginner/AB24-100.HTM
<寸言>
新聞王ハースト(William Randolph Hearst, 1863- 1951)は(オーソン・ウェルズ制作の映画)『市民ケーン』のモデルとしても有名で(ハーストはこの映画の公開を妨害!)、だいぶ昔、私も伝記を読みましたが、内容は余り覚えていません。詳しく知りたい方は、ウィキペディアに詳細に書かれていますので参照してください。
若い人は知らないでしょうが、1974年にハースト孫娘パトリシアが、左翼グループ SLA(Sinbionese Liberation Army, 共生解放軍)によって誘拐され、マスコミに大きくとりあげられました。(なお、パトリシアは、その後、同組織に加わり犯罪活動に没頭し、銀行強盗の容疑で逮捕され有罪判決を受けています。)
こう書いていて、(実在の若い銀行強盗カップルを描いた)「ボニー&クライド」という映画を思い出してしましました。単なる連想記憶です。
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