また,我々の知っているあらゆる「心的」経験は何らかの生きた身体(肉体)と結びついているということもまた(当面の間)当然だと認めることにしょう。そうすると,「人物」とは,所与の身体に結びつけられた心的出来事の(諸)系列であると定義することができる。ごれは法律上の定義である。もし,ジョン・スミスの身体が殺人を犯し,後に警察がジョン・スミスの身体を逮捕したとすると,逮捕時にその身体に住んでいる(宿っている)人物が殺人犯である。(注:多重人格者の場合、この定義が生きてきます。)
We will also take it for granted that every "mental" experience known to us is connected with some living body. We can then define a "person" as the series of mental occurrences connected with a given body. This is the legal definition. If John Smith's body committed a murder, and at a later time the police arrest John Smith's body, then the person inhabiting that body at the time of arrest is a murderer.
Source: Religion and Science, 1935, chapt. 5:
More info.: https://russell-j.com/beginner/RS1935_05-230.HTM
<寸言>
多重人格者と嘘つきとは異なる。元財務省の第48代国税庁長官だった佐川氏は多重人格者ではなく単なる嘘つきだった。多重人格者はある人格Aの時に他の人格(ByaC)について意識することはできないが、嘘をういている佐川氏は嘘をついていない時の自分のことを考えることができる。