< 三浦俊彦による書評:柳瀬尚紀『言の葉三昧』(三浦俊彦の時空)
      

三浦俊彦による書評

★ 柳瀬尚紀『言の葉三昧』(朝日新聞社)

* 出典:『読売新聞』2003年12月7日掲載


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 『猫舌三昧』一年ぶりの続編である。ジョイスに旬の魚、グルメ猫にシェイクスピア、国語辞典に英和辞典、競馬にクラシック音楽、ビールにタクシー、将棋にBBC、故郷の根室にプロ野球、米大統領発言に大企業の不祥事、川柳にオペラ、クローンにスペースシャトル、数々の雑談がゆかりの英語慣用句や語源の探索と絡まりあいながら速射連想式に拡がっていく。駄洒落、アクロスティック(行頭行末折句)、アナグラム(綴り替え)など言葉遊びがすかさず内容をフォローする。これほど濃密かつ贅沢なエッセイ集がかつてあっただろうか。
 一文短く、活字大きく、なにより古川タクの涼しい挿絵が効いて飄然を装いつつ、再読ごとに新たな発見を強いる重厚な仕掛け。新聞エッセイには珍しく英語と漢語と通俗語の混在する面立ちからして異様だが、ディテールに凝りまくる稚気と人文古典を程よく敬う貫禄とのバランス感覚は芸術の王道を示している。三頁ずつ独立の各編、オチも抜かりない。たとえば「フーリガン」の末尾はこう。
 「急にhooliganの訳語を思いつく。暴躁族。先陣(ヴァン)を切った――と思った。ところが英漢辞典のbullyに「暴躁者」の訳語がある。独創訳の岸にたどり着いたはずが、ふーッ、離岸!」
 離岸に接岸するまでにはもちろんジョイス語「フーリヴァン」やらウィリアム・ジェイムズやらソール・ベロウやら布石がいっぱい。納得の一語をひねり出すためなら縦横の労苦いとわぬ言語フェチの誇りがここかしこに炸裂し、着地成功の笑みが読者の頬に口もとに伝染する。
 『フィネガンズ・ウェイク』『ユリシーズ』翻訳という歴史的重労働の合間の、ヤナセ語微調整用の演舞かと眺めていたら、新聞連載もいつしか四年。まだ連載中ゆえ三巻四巻と続くのだろうが、無類のスタイル、こちらも文学史に残る大河随筆になりそうな気配だ。

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