三浦俊彦による書評

グレアム・ファーメロ(編著)『美しくなければならない』(紀伊国屋書店)

* 出典:『読売新聞』2003年6年29日掲載


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 数式は現代文明の呪文だ。自分に理解できない魔法の言葉を根気強く辿りたがる人などめったにいない。だから科学啓蒙書は、なるべく数式を使わずにすますのが普通だ。しかしその常識を逆手に取るこんな本があったとは!
 二十世紀科学を代表する方程式の「美しさ」を、各分野の権威十二人が解説してくれるというのだ。原子力を解き放ったあの E=mc2 をはじめ、シュレーディンガーの波動方程式、ディラック方程式、一般相対性理論、ゲージ対称性の方程式など、理論物理学の柱となる華麗な数式の誕生秘話に影響に、とっておきの話が満載。E=mc2 にいたっては簡単な証明まで直観的に理解させてくれる大サービス。
 物理学のみならず、情報、環境といった応用科学陣営も豪華だ。インターネットや携帯電話を実現したシャノンの方程式、天気予報がなぜ難しいかを説明するカオス理論のロジスティック写像、生物進化のゲーム理論、オゾン層とフロンの関係を警告した化学方程式。身近なテクノロジーや政策論の基盤にかくも優雅な数学的洞察があったことを改めて実感させる。
 しかしこうした科学文明の誕生それ自体は、進化の必然なのか、偶然にすぎないのか。ここで第九エッセイ、電波天文学のドレイク方程式の出番となる。地球外文明が何個くらいあるか推定するための方法的指針であるこの大まかな式は、自然法則を探究した「美しい方程式」ではない。その点本書の中で唯一の例外だ。ドレイク方程式の意義を否定する科学者の声も紹介されており、異様な迫力に満ちている。
 ドレイクらの地球外文明探査計画が本書にエントリーしたことで、読者は「文明」の自己反省にたっぷり浸ることができるだろう。人類が地球という一つの文明しか知らぬうちは、万物の必然を解き明かす究極理論達成の希望より、奇跡と偶然の戯れを畏れおののき続けねばならぬのか――というような。

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