三浦俊彦 - エッセイ索引

三浦俊彦「サプリメント王への道」第10回~15回

* 出典:『ゆほびか』(マキノ出版)2001年10月号~2002年3月号連載

* 第1回~9回は、『サプリメント戦争』(講談社)に引用してあります。


第10回 『ギャバ・20』(ロッテ電子工業)


 健康食品の醍醐味の一つは、さまざまな化学成分が覇を競っていることだ。各種ビタミン、亜鉛やクロムやセレンなど金属元素、フラボノイドやギンコライド、とりわけリコピン、タウリン、トナリン、サポニン、カテキンといった「~イン族」が最近優勢である。
 とまあ数ある中で、以前から私が断然気に入っていた名前があって、それは――
 「γ-アミノ酪酸」。
 アルファベット、カタカナ、漢字の全てが入っているのがポイントだ。しかもギリシャ文字。ギリシャ文字系ではα-リノレン酸やβ-カロチンが知られているが、「ガンマ」という重厚な響きは一段格調高いというか。
 しかもお馴染みアミノ酸の一種であるにもかかわらず、アミノ〈酪〉酸というのがなんとも凝ってる。ひねってる。馴染み深さと意外性が絡み合うところに快感が生ずる。
 γ-アミノ酪酸にはもう一つ大きな長所があって、それは、コンパクトな別名を持っていることだ。すなわち
 「ギャバ」。
 むろんこれは、エイコサペンタエン酸がエパ(EPA)だったり、ドコサヘキサエン酸がDHAだったりするのと同様、単なる短縮形には違いない。のだけれどそれにしても「ギャバ」。……ふうむ。もっとメジャー化して親しまれるべき物質だ。
 ギャバもの健康食品として知られるのは、農水省茶業試験場が緑茶を改良して作ったギャバロン茶か。あとはローヤルゼリーや発芽玄米の説明書きに「γ-アミノ酪酸」と記されるといった程度。血圧降下作用などその実力に比べどうにも不遇のような気がする。
 そこへ、出た。『ギャバ・20』。
 ストレートだ。ギャバが中央に躍り出るこんな舞台を、私は待ち望んでいたのだ。
 一粒1.1gのタブレット。200mg錠剤を40粒一飲みできる私もこの一粒はちょっと無理だった。噛むか、ゆっくり舐めるか。いずれにせよお菓子感覚。ヨーグルト味だし、販売元が「ロッテ電子工業株式会社」だし。
 「原材料名」がまた仰天。つなぎや甘味料を除けば、素材としてはなんとただ一つ、
 「カボチャ」。
 カボチャ! いや、別に悪かないけど。確かに体にいい野菜だろう。ギャバ豊富なのだろう。だけど、秘境アマゾンやアフリカやチベットの珍動植物を押し立てるのが今や常識のサプリ業界であえて、さりげなく「カボチャ」。いや、かえって新鮮である。
 それにしても中間を飛ばしていきなりお菓子バージョンとはな。ビタミンCやポリフェノールなど超メジャーはガムやキャンディになって久しいけれど、マイナー成分ギャバまでが一挙抜擢。そういう時代なんだな。
 私は『ギャバ・20』を薬局で手に入れたが、そのうちにコンビニやキヨスクでも売られるようになるのだろう。いよいよサプリメント文化成熟期、というわけだろうか。


第11回  『八味腎気丸』(北宝薬品)

 目を引く真っ赤な外箱。杖を突いた仙人が木の根か瓢箪みたいな物体を風呂敷に捧げ持っている。『八味腎気丸』てタイトルもいいなとよく見れば側面に小さく「販売名 貴宝八味丸」。二つの名を持つ漢方薬かい。外見といい名前といいこれはもう……。しかし決め手となったのは「効能」である。
 「疲れやすくて、四肢が冷えやすく、尿量減少又は多尿で時に口渇がある次の諸症:下肢痛、腰痛、しびれ、老人のかすみ目、かゆみ、排尿困難、頻尿、むくみ。」
 私自身にはほとんど当てはまらない「諸症」の列挙がなんとも魅力的だったのだ。一般的な「疲れやすくて」くらいは縁がなくもないが、他は全く心当たりがない。それがたまらなくいいのだなあ。
 いや、正確に言うと「老人のかすみ目」という一句。そう。この一句あるがゆえに全体がこう、老仙人の図と響きあって、「大老のくすり」めいた謹厳さを放つのである。
 みんなそうだろうが私も、老人への憧れが強い。無事老人になれるのかという疑惑、なれた人はずるいよなというお門違いの嫉妬。逆向きに考えるとわかりやすい。十七歳の頃に戻りたいか? 十二歳に戻りたいか?
 私はごめんだ。今のこの四十二歳の記憶を保ったままで十七からやり直すってのと、記憶も全部十七から新規出発ってのではだいぶ違うかもしれないが、私はどちらもノーサンキュー。もういっかい体育祭とか受験とか恋愛とか就職とか引越しとか? 冗談。せっかく全部終えてきたってのに。
 というわけで、普通の八十歳の人から見ればたぶん、四十二歳からあくせくやり直すなんて真っ平ごめん、てことになるだろう。やっとここまで辿り着いたってのに……。
 そういう境地にオレも早く辿り着きたいなあ。人生ちゃんと最後までやり過ごせますように。そういう一種お守りとして、この『八味腎気丸』を手にした次第です。
 むろん、買ったからにはちゃんと飲む。極小粒の丸薬、蓋開けるとモワッと昇る抹香臭がなんともトリップ。しかし浮かれてちゃマズイかも。なんたって「医薬品」。四十そこそこの分際で老賢薬を憬れに任せて飲みつづけたのでは身のほど知らずの報いを受けかねない。ここは一応謙虚に……、
 「1回9丸」とあるのを「1回2丸」に。「1日3回空腹時に服用」とあるのを「食後に服用」。こう自己流に変更し、わざと効かないようにして、8種生薬成分だけをしっかり体内へ、という戦法である。こういう控えめな飲み方なら罰も当たるまい。そうやって飲みつづけてもう半年ほどになる。
 それほどまでして飲む必要はなかろうに、とお思いだろうか。そういう人はまだまだサプリメント道を理解してませんな。それにこの『八味腎気丸』は時空を超えた高級なおまじないというか、未来の私自身の「気」にあやかった邪気祓いみたいなもんなんですから。


第12回 『セコムのヤマブシタケ』(セコム漢方システム)

 うーん、ついに出たか。この文句。
 「若さと健康を気づかう方に β-グルカンはアガリクスの2倍以上」。
 あのアガリクスが「尺度」にされる段階にサプリメント史も突入したか。
 尺度。古典的な例は、レモンである。「ビタミンCがレモン50個分」といった文句は、飴やガムにもすっかり定着している。
 それから高麗人参。アマチャヅルは高麗人参の3倍、田七人参は10倍のサポニンを含むという。あと、女王蜂の子はローヤルゼリーの百倍の効力だそうだし、スピルリナはクロレラの何倍だか吸収率が良いそうだし。
 レモン、高麗人参、クロレラ、ローヤルゼリー。尺度となるブツは、それだけ権威があるから尺度に使われるわけで(実際レモンは未だにビタミンCの代名詞ですよね)、一つの名誉というか、しかし次から次へ倍率を上げて言い募られては、サプリ全体の信用が揺らぐのでは……、やや心配にもなってくる。
 キノコ界の尺度は、長らく、霊芝だった。漢方の上薬・霊芝も今や、椎茸菌糸は霊芝の何倍の効力だった、いやマイタケはそのまた何倍だと、二重三重に踏み台にされて、免疫活性作用において茸類中ほとんどドン尻になってしまった。有名税みたいなものか。
 さてアガリクスばかりは絶対の王座に君臨し続けるような、なんとなく別格の威容を漂わせていたのだが。近年人気の「メシマコブ」ですら、茸ナンバーワンを大々的に統計図表で宣伝していながら、アガリクスだけは周到に比較リストから外していたのだ。
 と思っていたら「ヤマブシタケ」があっさりアガリクスを凌いだらしい。事実だとすると、サプリメント史上画期的な世代交代の瞬間にわれわれは立ち会っていることになる。
 「秋、カシ・ブナなどの枯木に生え、白色塊状で無数の細い針を密生。外観はハリネズミに似て、直径20cmに達する。山伏が蓑を着た姿になぞらえる」(『広辞苑』)なるほど外箱の写真で見るに、真っ白いふさふさが木の幹に貼り付いていて、スポンジみたいなチアガールのポンポンみたいな。みるからにタダモノではない。
 スティック入り顆粒百%。もぞもぞして、アガリクスやメシマコブよりもずっと薄味。しかし本当か。本当にこの味でアガリクスを超える茸なのか。アガリクスにもブラジル産、中国産、沖縄産いろいろあるんだぞ。最高級のブラジル産とちゃんと比較したのか?
 ふと見ると、スティックには「ヤマブシタケゴールド」と書いてある。箱やカタログの商品名「セコムのヤマブシタケ」と食い違っている。なんかいかがわしいな。いやむしろ謙虚ということか。カッコイイ本名を目立たぬよう隠し持っていたということかな。
 味も名前も慎ましやかな性格の「セコムのヤマブシタケ」があえて声高に言うのだから、「アガリクスの2倍」はこれ、実際真実なのかも。ふむ。信用できる気がしてきた。


第13回  『スーパー梅エキスS』(サンアクティス)

 カゴメの『梅100』という茶色瓶50mlドリンクが存在した。十年以上も前のことだが。梅ドリンクはたくさんあったし今もあるけれど、『梅100』は別格。本当に梅果汁百%、オリゴ糖が微量添加されていた記憶はあるが、ほんまもんの純粋梅味。妥協のない酸っぱさ。実によかった。大学の近くの酒屋で4本買って立て続けに飲んで、じわワーッと身体が熱くなって昂揚したところで教室に入って講義を始めていた。うん。『梅100』一気4本が当時の私の主要燃料だったっけ。
 あれがなくなったときは悲しかったなあ。なにげにどの店でも最近売ってないなとぼんやりしているうちに「製造中止」と判明して。今思えば、どしどし注文してカゴメに要望伝えて何だかんだ運動すりゃよかった。ああ、あのシャキッと目の覚める濃厚味……。
 そうなのである。数あるフレーバーの中で、ミントもシナモンもカカオもいいけれど、わが本音の好みじゃ断然、梅。ウメにまさる覚醒フレーバーはありません。身体に心に活を入れるにはウメの刺激、ウメの味。
 ヨモギやゴマや玄米なんかと並ぶ独特の〈伝統食〉的素朴ムードが日本人の魂に触れるのだろう、梅干しに梅仁丹にカリカリ梅に糊状エキスに、もしかしてサプリメント業界トップかもしれない多彩ぶりだが、とりわけ私が現在愛用してるのは、駅売店にある梅百%フリーズドライタブレット。あと瓶入りの練り梅もよく買って、うん、練り梅でキュウリの丸かじり、美味しいですよね。スカッとしますよね。いや、しかし、うむ、ちょっと違うんだな。梅成分がギューッと舌に染み込む液体刺激が欲しいのだなァ、ほんとは。
 と不満がいつまでもくすぶるほどに『梅100』は素晴らしいドリンクだったのだが……。
 『梅100』に匹敵する強力梅ドリンクがどこかにないものか。探し回った挙句、やっと納得レベルに達したのがこれ、『スーパー梅エキスS』なのである。
 赤いビニール小袋に10g分封液。原材料・濃縮梅酢、ハチミツ、シソエキス。端を指で破ってチュウチュウ吸う感覚は、子どもの頃駄菓子屋で買い食いした「スモモ」を思い出す。適度な酸味が口と喉の粘膜に染み渡って、ぐるぐると腹が鳴る。目が覚める。唾が出てくる。頬がゆるんで唇が引き締まる。鼻の穴が脹らむ。また腹が鳴る。
 胃で膨張して食欲を抑えるファイバー系の粉末やクッキーがいろいろ出回っているけれど、梅クエン酸のこの刺激は、明らかに唾液腺直撃の食欲誘発系。リラックスにダイエットに抑制路線サプリが優勢の昨今、梅エキスの食欲刺激パワーこそ、各種精力剤の性欲解放パワーと組んで新世紀の欲望産業の原動力になるんじゃないか。そう、バブル崩壊がすっかり常識化したからって、いつまでも節制ムードじゃ先に進みませんから。
 それにつけてもくどいけどカゴメの『梅100』、リバイバルしてくれないかなあ。


第14回 『濃縮複合酵素102』(華)

 健康のためには一日一万歩、一日三十品目、などと言われ始めたのはいつ頃からだったか。確か一週間だと、百二十品目以上食べるのが望ましい、だったっけ。
 うむ、なんといっても「数」なんだな。数を評価の基準とするのが知性を持った動物の定め。アナログ量からデジタル数への改宗が進む現代社会では、ますます「数」の魔力がパワーを増しつつある。
 というようなことを考えるまでもなく、
 「うううーむ、すごい……」
 店頭でうなることは滅多にないのだが、ううーむ、これはすごい。のけぞってしまった。
 『濃縮複合酵素102』。
 102というのは、「新鮮な野菜、果物、野草、海藻、豆類、茸類など102種類の植物性原料に粉末酵素を加えて、発酵熟成させた純植物性発酵食品です」。
 102種類とはな……。万田酵素、森川酵素、大高酵素など○○酵素と名のつく製品は、五十種類以上とか七十種類以上とか豊富な原材料数を誇るのが常道だが、いやはや、百を超えたのには初めてお目にかかったぞ。
 21行にもわたる膨大な原材料表示を見よう。ウメ、カキ、スモモ……と始まって、リンゴ、バナナ、イチゴ、グレープフルーツなど主な果物は全部網羅しつつ、キャベツ、トマト、ナスといったレギュラー野菜もしっかり踏まえた上で、蓮霧、川七、空心菜、款冬などといった聞きなれぬ名前がときおり混入してくるかと見るや、レイシ、アロエ、冬虫夏草など健食の常連もしっかり入ってる。眺めているだけで力が湧いてきそう。
 これなら三十品目なんて余裕の余裕でクリアだ。毎日一匙飲みさえすれば、あとは適当にでたらめな食事をしても、三食カップめんとコンビニ食にコーヒーで済ましたとしても(私ゃ実際そういう日が多いのだけど)、週に百二十どころか二百品目も楽勝だろう。なんとすばらしい。夢のようなサプリメントではないか。
 六角柱の格調高い瓶につまった黒いペースト。ではないな、硬質のジャムというべきかな。添付の匙でとろっとすくい上げるようなわけにはいかず、ぐぐっとえぐって匙も折れよと力を込めてなんとか掻きとる、そんな感じの高密度。豊富成分の重厚ムード。ほんのりアルコールめいた発酵甘味がまたなんとも濃密なこと。果実の種だか皮だか繊維だかプツプツが混じっているのも自然感覚満点。
 一瞬一舐めで102品目一挙達成だぁ、充実感が頬いっぱいににんまり広がってゆく。数の味。品目数というデジタルな抽象観念に浸りながら、硬質ジャムのアナログな粘着味に酔う。観念と物質の両極ブレンド。これを毎朝味わうだけで、ほんとに健康になれそうじゃないか。珍しいもの・いかがわしいもの優先、健康は二の次――てな方針でマニア道やってきたこの私ですら、「ム、健康の実感……」ぐらりと揺さぶられた逸品である。


第15回 『宝力大黒鮫大皇』(宝力本舗(新光通販))

 宅配便を開けて「アレ?」通販で注文したのとは違うような……と思ったら、なにやら紙片が添付されている。なになに……。
 「この度は「宝力大黒鮫大皇」をお買い上げいただき誠に有難うございます。広告上では「宝力回春鮫大皇」とご案内いたしましたが、「回春」という言葉が広告上の規制により使用できません。……急遽名称を「宝力大黒鮫大皇」と変更いたしました。……」
 ふむ……。通販カタログに載っている写真とデザインも同じだし成分内容も全く同一らしいのでまっいいか。……でもやっぱり名前は「回春」であってほしかったなァ。
 健康食品の名前をテーマにした小説『サプリメント戦争』を出したばかりの私としては、ちょっと見過ごせない問題である。なるほど言われてみれば『サプリメント戦争』に登場させた何百という実在製品の中にも、「回春」の語を含んだものは一つもなかった。しかし「絶倫無双」だの「変身妖華茶」だの「感じるふたり」だの「スーパー勃喜源」だの豪華絢爛たるネーミングが乱舞するサプリ業界。絶倫がOKで「回春」はダメとはどういうことでしょうかね?
 そういえば以前、絶倫シリーズを出してる販売元の人と話したときこれ系の話が出たっけ。「名称に『絶倫』という言葉を使うと、医薬品の認可が得られないんですよ。医薬品の称号を取るか、絶倫というイメージを取るかの問題で、ウチは絶倫を選んでいるわけですけどね……」
 この「宝力大黒鮫大皇」に医薬品表示はない。「回春」は医薬品であろうがなかろうがダメということか。インターネットで検索してみると一つだけ、「回春仙」という金粒心臓薬が見つかった。フム……? 厳密に禁じられているわけじゃないらしいな。
 案外これ、厚労省の窓口の気分でそのつど許可の基準が変わってるんじゃないだろうか。私は大学に勤めているので、学部や大学院の新設申請にまつわる話もいろいろ聞いているが、文科省の窓口担当官が変わると条件が緩くなったりきびしくなったりコロコロ変わるらしい。世の中そんなもんなのだ。
 ただまあ、理由はともかく「回春」が「絶倫」等に比べて認可基準がキツいことは確かなようだ。「宝力大黒鮫大皇」の箱の側面が何も書いてないノッペラボウになっているのもそのせいか。「毎日飲むことで……細胞レベルで活力が蘇り、不老強壮、強精、回春に作用します」といったカタログの文章がもともと印刷されていたのを、「ダメです」と厚労省に差し止められて急遽削除したといった感じ。この業界も大変なんだなあ。
 おっと肝心の内容についても一言触れなきゃな。コンドロイチン補給・関節強化の定番である鮫軟骨を主成分に、コブラ胆、グルコサミン、高麗人参、桂皮などを含んだ大粒ハードカプセル。ほんのり生臭い芳香がなかなか効きそうな雰囲気出してます。