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三浦俊彦による書評

★ ガブリエル・ウォーカー『スノーボール・アース』(早川書房)

* 出典:『読売新聞』2004年4月25日掲載



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 七億五千万年から五億六千万年前まで四回ほど、陸も海もすべて氷に閉ざされた。そんな衝撃的な「全地球凍結仮説」の形成史である。
 科学啓蒙書というより小説と呼ぶべきか。なにしろ地質学者がボストンマラソンを走って入賞する場面から始まる。オリンピック出場も狙っていたポール・ホフマンは、結局学問の道に戻るのだが、かすかな痕跡を求めて砂漠や氷原を歩きまわる仕事がいかに強靭な心身を要するか、冒頭から印象づける巧みな構成だ。
 地球はほぼ一定環境を保ってきたという定説「斉一説」に反する全地球凍結は、まことに恐るべき出来事である。惑星がいったん氷に覆われると、太陽光は反射され、正のフィードバックでますます冷え、凍結から永久に抜け出せないはずなのだ。これは、恐竜を一掃した大隕石落下すら比較にならない恐怖だろう。
 こうして全地球凍結の提唱者たちは、何が氷を溶かしたのか、生物はどうやって生き延びたかなど膨大な説明を抱え込んでしまう。おまけに批判側も「地軸が九十度傾いていた」など負けず劣らずの奇想を繰り出しては全地球凍結を無用化しようと躍起になる。調査地の縄張り争いも絡む。岩石職人であり芸術肌でもある地質学者独特の感情的対立。舌戦の過熱ぶりと、極寒の氷結イメージとが中和して、読者としてはちょうど気持ちのいい温度なのだが。
 全地球凍結仮説がスリリングなのは、真偽未定の理論ということに加え、生物史上最大の事件「カンブリア紀爆発」の直前の話だからでもある。全凍結という大惨事のおかげで、多細胞動物が誕生できた可能性が高いというのだ。
 大陸移動と地球凍結との因果関係を説いた最終章は、地球環境の不安定さと、生物進化の奇跡性を改めて思い知らせる。自然の微妙なバランスの産物である人間、そしてこうした科学論争の存在それ自体がいっそう輝かしい光熱を放つではないか。

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