三浦俊彦による書評

★ リー・スモーリン『宇宙は自ら進化した』(野本陽代訳、NHK出版、2000年)

* 出典:『論座』2000年12月号掲載



あるいは アマゾンで購入
 実は当初、7月末に出版された『宇宙進化論』(ジョン・グリビン著、麗澤大学出版会)という本を書評するつもりだった。ところが、書評に取りかかろうというときに、それのタネ本と言うべきもっとすごい本が出版されてしまった。アメリカの宇宙物理学者リー・スモーリンによる『宇宙は自ら進化した』である。
 原書は九七年刊で、グリビンの本(九二年)より新しいのだが、スモーリンはグリビンの本で「「生きている宇宙」というテーマで論文を発表したただ一人の科学者」として言及され、ほとんどすべてのアイディアの源になっている。本家スモーリンの本が出てしまった以上、こちらを取り上げねば話が始まるまい。
 かなりボリュームのある本だが、二十三の短い章に分かれているので読みやすい。素粒子論と宇宙論のスリリングな最前線を知る上でも、現在入手できる最高の文献と言えるだろう。
 主に前半で展開されるスモーリン流宇宙進化論は、大体、次のようなものである。ビッグバン理論では、百五十億年前に大きさゼロ・密度無限大の特異点から宇宙が膨張し現在にいたったとされる。一方、恒星進化の理論によれば、大きな星が寿命を終えると自己の重力でつぶれ、最終的には大きさゼロ・密度無限大の特異点へと収縮し、ブラックホールを形成する。ここから、ビッグバンとブラックホールとは互いの反転図ではないかという発想が生まれる。
 すなわち、われわれのこの宇宙は、以前の宇宙の中に生じたブラックホール特異点が、ふたたび膨張を始めたものではないかというわけだ。そうすると、われわれの宇宙の中におそらく何兆と含まれているブラックホール特異点もまた、それぞれ別の時空間へと反転して膨張し、各々がビッグバン宇宙を形成しているに違いない。
 再膨張の瞬間に、物理定数(電子や陽子の質量、電荷、光速度、重力定数、核力など)の値が僅かにズレて、もとの宇宙とは少しだけ法則の異なった宇宙が生まれる。ちょうど、生物の親から子が生まれるときに遺伝子が微妙な変異を蒙るように。こうして宇宙は、少しずつ自然法則を変えながら「進化」してゆく。
 多くの星を含み、したがって多くのブラックホールを作り出す多産な宇宙は、そうでない宇宙より、子孫を多く残す。多産な宇宙の子宇宙は親に似た物理定数を持つから、これもまた多産である確率が高い。つまり、ほとんど星を作らない「混沌とした単純な宇宙」は諸宇宙の中で次第に存在比を減じてゆき、ブラックホールを豊富に生み出す複雑な「組織化された宇宙」の数がどんどん比率を増してゆくのである。
 こうして、「突然変異」と「自然淘汰」という、生物進化論の二大原理がそのまま、宇宙の形成にも当てはまるというわけだ。この理論のすごいところは、なぜわれわれの宇宙はかくも複雑で、秩序だっているのか、という問いへの答えを提供することだろう。「ブラックホールを多く作れる」という条件を持つ宇宙が最も多いのだから、ランダムに選ばれた宇宙が複雑な宇宙であるのは当然なのである。私たち生物も、宇宙のその「複雑さ」の副産物だと考えられる。
 従来の物理学は、自然法則は唯一絶対であるという「宗教」に囚われていた、とスモーリンは見る。自然法則は固定されたものではなくランダムな進化の産物である。宇宙は無数の姿をとり、しかも進化の原理に従って複雑化してゆく。こうして「絶対者」の謎を解消することができるというわけだ。
 ダーウィン進化論が相対性理論や量子力学とこうも緊密に結びつくなどと、本気で夢想した人がいただろうか。スモーリンはその結合を構築してみせた。「他の無数の宇宙」などという実証不可能な対象を呼び出す理論であるにもかかわらず、スモーリンは、自説を検証する方法すら本書で提示しているのだ。観測できないものをどのようにして検証するのか。科学という営みの不思議はつくづくわれわれの想像を絶するところがある。
 スモーリン説は一般に、広い意味での「人間原理」(生物学で物理学の問題を解く思想の総称)に分類されている。しかし「人間原理を超えて」と題された第一五章は、人間原理にあえて批判的なスタンスをとった論説だ。そんなこともまた、本書に微妙な味わいと奥行きを与えているように思われる。(注)
 あまりに面白い学説なので、つい理論的側面の紹介で書評のほとんどを使ってしまった。本書はしかし、マルキシズムとロックンロールに夢中になっていた高校生がいかにしてアインシュタイン信者となっていったかという自伝的記述がちりばめられていたり、科学と社会理論との関係に触れたり、ニュートンとライプニッツの対立を軸にした科学史の新解釈を提示したり、原子論的発想の害悪を説いたりと、多様な要素に満ちている。新世紀に向けたポレミカルな科学改革の提言として読むにふさわしい本である。

(注)ただし残念ながら、本書の「強い人間原理」という言葉の使い方は間違っています。ブランドン・カーターの命名による「強い人間原理」は目的論などではないことは、拙著『論理学入門』(NHK出版)第Ⅱ部をご覧ください。

楽天アフィリエイトの成果(ポイント)は本ホームページのメンテナンス費用にあてさせていただきます。
 ご協力よろしくお願いいたします