(エッセイ)三浦俊彦「シンクロナイズド・サバイバル宣言」
* 出典:『新刊ニュース』(トーハン)2003年6月号(5/15発行)
不規則極まる生活をしているせいで「規則の感じ」を人一倍欲している。秩序の錯覚でもいい。ここ十数年、毎日四十種以上二~三百粒のサプリメントを飲み続けているのも「数える」という日課が規則正しさのアリバイ作りをしてくれそうだからだ。という延長上で四月二十四日、本を二冊出した。「同時」というのも良質の秩序に違いあるまい?
一人の著者が同日に二冊とは、巷でどれほどの頻度で起こる出来事なのだろう。テーマもスタイルも全く違う重め本を同時にとなると、かなり珍しいのではなかろうか。『論理サバイバル』(二見書房)は論理学・哲学の伝統的パズル集。『シンクロナイズド・』(岩波書店)は短編小説集。
うまい具合に2冊とも第2号。『論理サバイバル』は『論理パラドクス』(二見書房)に続くパズル集第2弾。『シンクロナイズド・』は『たましいの生まれかた』(岩波書店)に続く第2短編集。問題集、短編集という「集モノ」そろって第2号なのだ。(なお、これまで単行本は9社にお世話になったが、今回は二見書房刊の2冊目&岩波書店刊の2冊目と、とことん2づくしの完全シンクロナイズ!)
しかも一方のタイトルが『シンクロナイズド・』であってみれば、内容的にも鏡像が2冊反射しあってこれ無尽蔵、という仕掛である。さてどういう反射増幅か……。
『シンクロナイズド・』は、九年前から〈シンクロナイズド・ウォーキング〉なるコンセプトのもとに発表してきた路上物語集だ。ポケットティシュの正しい受け取りかた。ウォークマンと携帯電話の混線の聴き取りかた。自動販売機が郵便ポストに化ける時間の計りかた。万歩計で日記をつける方法。徘徊老人尾行の極意。喫茶店の看板の見過ごしかた。塀に居る動物への正しい挨拶……。路上アイテムや点景が、歩幅にどんな連動をもたらすのか。そんなミニマルな、細部こだわり芸術小説がやっと一揃いしたわけである。
分岐また分岐で目標が薄れる迷路もあれば、目標が鮮明でありすぎるがゆえ我が現在位置が曖昧に滲んでゆく迷路もある。そんな二重の迷路心理を寓意的に描いた『シンクロナイズド・』だが、寓意でなくロジックでも迷路網をクリア体感していただくため『論理サバイバル』同時提出と相成ったわけだ。
古代ギリシャ発「アキレスと亀」「ソクラテスの無知」や古代中国発「胡蝶の夢」「韓非子の矛と盾」から、宇宙物理学の一時代を画した「定常宇宙論の矛盾」、現代確率論の最先端「眠り姫問題」まで、学界の血統書つき一〇八問を煩悩厳選した『論理サバイバル』。各正解に辿り着く脳内プロセスの迷路散策プラス、問題間の内容的リンク付けという二重網により、本全体が一大迷宮を形成する。一問一問解き抜くサバイバル脳力が、そのままビジネスや試験でのサバイバル力に通ずるかどうか。頁の内外での二大サバイバルのシンクロ力を乞賞味、という趣向である。
思えば、2本足で(またも2!)立った原始の祖先がシンクロウォーキングを始めたことこそ人類の進化サバイバルの始点であり、論理学・哲学パズルを愉しめる大脳進化を促した分岐点だったのである。連動。
路上ロジックからロジカル迷路へ。そしてまた逆に、サバイバルロジックの迷路で迷子になりかけた瞬間『シンクロナイズド・』で路上ロジックをたどり直し新モードで生還していただければ(主人公の何人かは殺されてしまうのだが)、これぞ「シンクロナイズによるサバイバル」という二冊統一的モチーフが循環完結できてくる。
……的にいくらでも。補助線バイパスいくらでも。わが不規則生活に秩序の外形をほどこすには当面十分なシンクロ・サプリの破片どもが、私生活からもっと広くこう、一日何百冊とも言われる出版界怒涛の大迷路にも補助線をキュキュッとこう、新規テーマセッターとして働いてくれれば本望なのだが……。