見なければやり過ごせたのに、視力に恵まれたばかりにもどかしく、苛立ち、果てはこわくて仕方なくなってくる。たとえば大多数の人にとって文学なんて空気みたいなもの。どうでもいい。せいぜいが面白けりゃいい。だけど、文学のツボを一度でも押さえた者にとって、文学畑は地雷原だ。「こわくない!」と大声で唱えながらでないと一歩も前へ進めない。だから「文学なんかこわくない」というタイトルは、読者を宥め諭し導こうとするフレーズではないだろう。言語文化に潜むさまざまな罠が見えてしまったがために金縛りに遭いそうになっている一人の文学者が、懸命に己れを鼓舞している掛け声なのである。