三浦俊彦による書評

マーカス・チャウン『奇想、宇宙をゆく』(春秋社)

* 出典:『読売新聞』2004年5月16日掲載


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 それならそうと早く言ってくれよと。科学がこんなワイルドなものだとわかっていたら、文科系なんかに進まず物理学の道を選んだのに。そう歯ぎしりする読者も多いのではないか。
 まさに芸術的夢想や哲学心を挑発する奇想の数々。科学界の定説として認められる寸前の、「あともう少しなのに」と熱くもがいている未完成理論たち。内容も半端ではない。個々人の永遠の生を保証する世界分岐とか、素粒子はみなタイムマシンだとか、見えない宇宙と見える宇宙が重なっているだとか、恒星間空間の真闇にこそ大半の生物が存在しているかもしれないとか。どれもただの空想ではなく、それなりの理論的裏付けがあるというのだから恐れ入る。
 この宇宙はどこかの文明が実験室内で作ったビッグバンから生じた可能性が高いという「量子真空」「宇宙の自然選択」の話など、これほど迫真的な創世記をつむぎ出せるとは、宗教家も羨望の念に身もだえするのではなかろうか。ほとほと科学ってやつぁ……。
 きわめつけは、可能なあらゆる物理法則に応じた宇宙が実在しているという「究極の多宇宙」説。もしそれが正しければ、「なぜこの宇宙の法則はたまたまこうなっているのか」という究極の謎が解明されてしまう。万物理論の候補としては、本書登場十二理論の中で最もメジャーな「ひも理論」が有力視されてきたが、そういう「唯一の法則」に操を立てた一途な理論ではどうも壁にぶつかるらしいのだ。「なぜこの特定のひもでなきゃならんのか」と、根本のところで物理学の恣意性が残ってしまうからだ。
 あらゆる法則が見境なく実現しているなら、物理学は数学に還元される。これはすごいことだ。そんなアナーキーな何でもありの宇宙観、そして科学という人知の多様な広がりをカバーしながら、全十二話のつながりは緊密に保たれている。有機体としての最先端物理学の驚異を思い知るには最良の案内書だ。長尾力訳。

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