三浦俊彦 - エッセイ索引

(エッセイ)三浦俊彦「快適系 ミウラ式」①~⑤

* 出典:『朝日新聞』2005年5月3日~5月31日 朝刊生活面連載


「快適系 ミウラ式」①(2005.05.03)

 毎日、いったい錠剤を何粒飲んでいるだろう。数えてみた。朝食後98粒、昼食後86粒、夕食後73粒、就寝前8粒。
 計265粒。ふむ……。
 錠剤といってもクスリにあらず。さいわい大きな病気はしたことがない。この265粒はすべてサプリメント。ビタミンCにDHAに亜鉛にCoQ10にアガリクスに、健康食品の新旧はやりすたりが積み重なった結果、こんな数にふくれあがった。
 種類にすると一日45種。ここに青汁など粉末20包とドリンク剤1~2本も加わるから、うむ、我ながら相当なもんだな。
 毎日100粒を超えるようになって20年近くになるが、必ず聞かれるのは「効きますか?」
 ――いや、効くも何も、さっき言ったように病気持ちってわけじゃないんで、基準がなくて。あ、花粉症に効いてないことは確かです。今年も鼻水にクシャミにえらい目に遭った。「じゃ、どうしてそんなに飲むんですか? かえって体に悪くないですか?」
 ――いかにも。効能が正反対の成分をかまわず飲んでたりするしね。真剣にダイエットや体質改善や絶倫維持をめざしてサプリを活用している「健康マニア」さんたちから見ても、私みたいな「健康食品マニア」はさぞフマジメというか本末転倒というか、まあ変かもしれませんね。こんなに飲み続けてる理由ねえ、そりゃ理由なしでこんなに長続きはしないんで、まず一つめの理由は……


「快適系 ミウラ式」②(2005.05.10)

 モノ集め、楽しいですよね。
 私の場合、烏龍茶缶350ml限定で現在155種類(最近ペットボトルに押され気味で淋しい)、環境音楽CDは何千枚。学術論文を読みあさるのだってコレクションみたいなものだし。
 そうしたわが収集癖のうち、いちばん長く続いているのが健康食品、と言えそうです。
 スッポン、ウミヘビにアリ、サソリ。蛾に寄生したキノコ、蜂の唾液、砂漠特産の果実。もと昆虫少年かつ怪獣少年としては、未知の生物名には無条件で反応してしまう。そう、私が健食マニアになったのは、昆虫少年が自然な成長をとげた結果と言えるな。
 ムシ好きのみなさん、ほら子どもの頃、黒太のイモムシつかまえたとき、手で撫でてるだけでは可愛がり方が足りなくて、パクッと口に入れ、舌や頬でムシの動きを愛でてやっと満ち足りた、そんな経験ありますよね(俺だけ?)。
 サプリメントなら世界中の珍しい動植物のエキスを、口粘膜どころか全身細胞の中へ。
 一息に20粒以上飲む。ふだん丸呑みする機会ってないでしょ、だからこそ食後のゴックン、活が入っていいんだなあ。食事よりそっちがメインなくらい。固まりが食道をこすり下ってゆく刺激は、ご先祖が爬虫類だった頃の凶暴な食感を呼び覚ますような……。
 幼少そして太古の恍惚が、衛生的なカプセルやアルミ袋につまっている。そのズレがまた何とも心地よくて。


「快適系 ミウラ式」③(2005.05.17)

 健康食品の最大の醍醐味は、「文化」である。
 つまり何というか、製品名を適当に挙げてみますと……『精媚胆』『快歓精』『龍虎春』『驚精雄凛』……こんなタイトル(天狗や雷神のいる外箱がまたカラフル!)を突きつけられちゃ平静でいられない。『糖減驚』『楽泉快』『五貴源』『尊厳大王』……そう、漢字で畳み掛けられると私ゃ弱いのです。漢字三文字、四文字モノ見つけたら即購入、消費後の空箱は大切に保存する。これらを文化財と言わずして何を文化と言おうか。
 宝仙堂の『凄十』の箱には「芯からみなぎる」。井藤漢方製薬の『極』には「ググッとのびる時間と飛距離」。
 じかに効能を誇ると摘発されかねないのがこの業界。そこで暗示・象徴的な、買い手が自ら想像力で補ってくれそうな曖昧コピーで勝負をかける。アピール度と危険度とのバランスをかいくぐってゆく細心の戦略。勇猛剛胆デザインとの対照が面白い。これを文化と言わずして何を文化と言おう。
 「男の自信が復活します!」「あなたの尊厳を取り戻す!」
 ひと昔前っぽい叱咤激励が躍る躍る。なるほど「自信」「尊厳」ならいくら強調しても薬事法には触れまい。男はしょせん男だものな。文明の本音が迸ってるというか、ホンネって勇ましくて物悲しいなというか、そう、強壮剤産業では、文化のエキスも売っているのだ。


「快適系 ミウラ式」④(2005.05.24)

 サプリメントは趣味に徹し、効果など信じていない私だが、一つだけ、効けばいいなと思っている分野がある。――髪だ。
 といっても、薄くなる気配は今のところなし。気になるのは色。
 十年近く前、ヘアトニックの宣伝を見たのが始まり。豆のエキスが空気中の酸素と結合、酸化で髪を黒くするとか。そりゃ面白い、最近目立ってきたわがシラガも消してみせてもらおう、と購入。
 だが何ヶ月使っても効果なし。興味本位で始めたのに、目立つパーツだけに気になりだした。意地になって、天然成分ものを次々と。髪タンパク質に吸着とか、メラニン色素を増すとか、能書きを競うスプレー、シャンプー、錠剤。今は、ヘナに見切りをつけてシコンのトリートメント(洗い流しタイプ)を使っているが、こいつはわりと効いていそう。
 ただしである。「髪が青い」と言われるようになった。先週も、4ヶ月ぶりに訪れた健康食品店で「お久しぶりですね。個性的な色の髪なので覚えてますよ」。
 いや、染めてるつもりはないのだが……。そりゃ素直に黒く染めりゃ早いだろう。でもちょっと目的が違うので。わかりきった結果を出すんじゃつまらない。今いちわからん成分をわが身に浸透させまくる、てのが目的なので。その上で効果が出れば勝ち、と。
 だけど青髪になってるんじゃ問題だよなあ。いくら鏡を見ても、自分じゃ全然青いと感じないのだけど……?


「快適系 ミウラ式」⑤(2005.05.31)

 わが家は、生ゴミが出ない。
 メンバー1名、主食はカップめんとくればそれも当然、と言われるかも。しかし、お茶殻にコーヒー滓、バナナの皮……生ゴミは何だかんだと発生するもんです。
 ではなぜ生ゴミゼロなのか。
 特性容器に常時待機するシマミミズ2万匹のおかげだ。生ゴミ不足のときは段ボールや新聞紙を与えれば喜んで食う。有機物なら何でも、泥状の肥料に変えてゆく。
 ミミズコンポストには一つ難点があった。昆虫に占拠されやすいのだ。とくにアメリカミズアブの幼虫。ゾウリ形の甲羅に覆われた均一ウジムシの大群が、ミミズを底へ追いやってしまう。無臭静粛のミミズと違ってゾワゾワ騒がしいわ酸性臭を発するわ……。
 いや、こいつらはこいつらで、見てりゃなかなか可愛いし、よく働く。なにせミミズの十倍もの速度で生ゴミを平らげるのだから。問題は、夏の壮観にひきかえ涼しくなるといっせいに消え失せること。なので、年中活躍してくれるミミズがやはり優先だ。ミミズの天敵にはご遠慮願わねば。
 というわけで、アブ撲滅作戦を始めたのが3年前。良質の水を与え、酸と塩は取り除き、腐敗しやすい固形物は細かく砕き……。
 どれが功を奏したか、02年からアブは全く発生していない。
 さあ今年も、ミミズの健康を気遣う夏がやってくる。飼い主が相変わらず三食カップめんでは、生ゴミの質そのものはアップしそうにないが。