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三浦俊彦「日常言語を超える思想―バートランド・ラッセル百周年
『図書』(岩波書店)2005年11月号pp.8-11.

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 相対性理論発表百周年(世界物理年)の二〇〇五年は、同時に、ラッセル・アインシュタイン宣言(7月9日)五十周年にあたる。つまり二〇〇五年は、文明の祭司たる科学者が、その知性と良心を象徴する発表を行なった二つの年の、記念の節目なのだ。今や流行語の域を超えた「大量破壊兵器 Weapons of mass destruction」という言葉をオープニングの一文に据えて普及させた原典こそ、ラッセル・アインシュタイン宣言だった。
 わずか十七段落から成るあの反戦マニフェストの中で、ただひとつ言及されている国が日本であることは、どれほど知られているだろう。もちろん広島が触れられている。この宣言の直接の動機となった、前年の第五福竜丸事件の被爆も。さらに後半では、「両陣営を神経症的不安につなぎ止めているパールハーバー的奇襲攻撃への恐怖を減らす」ことが緊急の課題だ、と述べられている。
 物理学と反戦運動の記念年が重なった二〇〇五年は、実は、さらにもう一つの事件の百周年にあたる。科学者の知性と良心を実現するには、健全な哲学のサポートが必要だろう。そう、ラッセル・アインシュタイン宣言の草案執筆者である哲学者バートランド・ラッセルが、画期的な「記述理論」を発表したのが、これまた一九〇五年だったのだ。
 記述理論? ってなに? という人が大多数だろうか。たしかに、相対性理論百周年に比べると、記述理論百周年などと言ってもマニアックな印象は否めない。しかし、二十世紀最初の年、集合論の矛盾を発見して数学革命の先陣を切ったラッセルが、パラドクス解決の基礎固めとして掲げた記述理論は「哲学的分析のパラダイム」と呼ばれた重要な学説だ。二十世紀に確立した分析哲学を代表する十大論文を挙げるとしたら、間違いなくラッセルの〇五年論文が一位にくるだろう。分析哲学には多くの重要な理論があるが、そのすべてが、記述理論およびその発展的体系『プリンキピア・マテマティカ』の応用、修正または批判として派生したのだから。
 記述理論の具体的内容は、新刊の拙著『ラッセルのパラドクス』(岩波新書)をご参照いただければと思うが、さしあたり、哲学の難問に対して史上初めて明確な答えを出した科学的論証、と紹介しておこう。日常言語が持つ宿命的欠陥を、記号論理学で示すという、科学時代の知の幕開けを象徴する事件が、記述理論だったのである。
 この理論は、「ラッセルは英国人である」といったような、私たちが難なく使っている自然言語の文章を、論理記号に翻訳してみせる。因数分解や微積分などであれば、もともと日常言語で表現できない操作を含むため、数式で書くことに異論を唱える人はいない。しかし、「ラッセルは英国人である」のように、数や図形を扱っているわけでもない文、日常の国語で十分表現できている文を、なんでまた ∃x(Rx∧∀y(Ry⊃x=y)∧Bx) などとまわりくどい論理記号で表現し直さねばならないのだろうか。こんな一見して理不尽な要求には、多くの人が反発を覚えるに違いない。そもそも文法構造が全然違う――おなじみの主語+述語の形になってないではないか。
 この奇怪な言い換えがなぜ必要か、その理由についても拙著をご覧いただくとして、ここで注目したいのは、「今まで自然なやり方でやってきたのだからこれからもこのやり方で十分」という態度は、根本的に間違っている、とラッセルが断罪したことだ。直観や常識の形で私たちの血肉となっているナチュラルな認識の大半が、実は非論理的であり、誤りに満ちていることを記述理論は暴露した。本性のまま、日常感覚の命ずるまま生活するのは危険であって、人為的な工夫によって道を切り開かねばならぬ、という教訓の言語哲学版を、ラッセルは百年前に鮮やかな論理式で提示したのだった。この点でラッセルの立場は、ヨーロッパ大陸の哲学やオックスフォード日常言語学派などと正反対であり、二十一世紀分析哲学の主流に受け継がれている。日常の思考は自然言語に頼ってきたからこれからも自然言語でOK、などという保証は全くないというわけである。
 これこそ実は、ラッセル・アインシュタイン宣言にも通底する精神に他ならない。核兵器という大量破壊兵器の登場によって、昔からそこそこうまくいってきた戦略(政治の延長としての戦争)が、根本的に有効性を失った、と訴えているのだ。
 ラッセル・アインシュタイン宣言は、「生物種としての人類」を何度も強調する。
 「私たちが今この機会に発言しているのは、この国民やあの大陸やその信条の一員としてではなく、存続が疑わしくなっている人類という種のメンバーとしてである」。
 「私たちは、他の集団に対してよりもある集団に対して強くアピールする言葉を、一語も使わないようにしよう。全員が等しく危機にさらされており、この危機が理解されれば、全員いっしょにそれを避ける望みがある」。
 「状況を人々が理解できずにいるのは、〈人類〉という言葉が漠然とし、抽象的だと感じられるからだろう」。
 たしかに、よほどの聖人でもなければ、〈人類〉という理念に本当に心を動かされる人などいない。家族や民族、宗派、国家といった小グループへの忠誠がせいぜいのところだ。二十一世紀の現在もそれは変わらない。しかし宣言は、五十年前にすでに、政治指導者だけでなく市民一人一人の意識もそれではすまされない、と訴えたのである。
 自然選択により進化した利己心と血縁愛は、闘争本能と密接に結びついている。「争いを忘れられないからといって、そのまま死を選ぶべきだろうか? 私たちは、人類として、人類に向かって訴える。あなたがたの人間性を心にとどめ、他のことは忘れよ、と」。
 種の保存、というメカニズムは、生物進化には備わっていない。ラッセルは、今や遺伝子のなすがままではいけない、と唱える。本能的な感情が通用しない新しい環境が、一人一人に試練を課しているのだから。右の一節の「人間性 humanity」という語は、「人間の先天的本性、自然な愛」といったロマン的意味にとられがちだが、ここではそういう意味ではない。ラッセル・アインシュタイン宣言のいう人間性とは、あらゆる動物の中で人間だけに可能な、自然淘汰からの脱却――意識して形成する合理的判断力のことなのだ。
 新時代の環境を生き延びる自己保存の知恵を、ラッセルは「啓発された利己心」と呼んだ。石器時代までに定着した個々人の利己心と同じ目的(自己の遺伝子の保存・増殖)を達成するのは、核時代の現代においては、原始的本能でも狭い同胞愛でもなく、人類規模の意識的な連帯だというのである。
 政治と同じく哲学も、新しい枠組みを要請されるのは当然だ。なるほどたしかに、「人類」という言葉は、日常会話ではほとんど使われない。論理学は「属性」「集合」などといった普遍概念の扱いが得意なので、「人類」概念の標榜のためには、本当はラッセルは、反戦宣言の全文を論理記号で書き下ろしたかったのではあるまいか。本能的習慣からの解放には、そのくらいラディカルな訴え方が本来必要だったろう。この観点から見直すと、自然な言語的直観を暴力的なまでに批判した「記述理論」は、そのガチガチにロジカルな外見とは裏腹に、きわめて倫理的な含蓄を帯びていることがわかるはずだ。
 ラッセルが開いた分析哲学は、人間本来の直観や感情からますます遠ざかり、高純度の抽象思考へと深化しつつある。感情派の文人たちはこれを嫌い、ポストモダニズム、フェミニズムなどの、党派的イデオロギーをくすぐる世俗哲学にとどまりがちだ。しかしそのような、心地よい政治的立場をあらかじめ宛がう類型思想には、天然の偏見や予断をひっくり返すパワーがない。普遍的な「人類」(さらには知的生命一般)への融合を育むためには、一見ビザールに感じられようとも、アンチ本能派の論理分析哲学こそが唯一の基盤たりうることは間違いないだろう。
 第一次大戦中、イギリス国内で「ただちに戦争をやめよ、わが国はただちに降伏せよ」と演説してまわったラッセルは、「ドイツが勝ったら恐ろしいことになると思わないのか」と問われて、こう答えた。「もちろんそう思う。しかし、イギリスが勝てばもっと恐ろしいことになるのだ」。
 国民意識を超えたこのアイロニカルなヒューマニズムは、当時親交のあった誰とも共有できず、ラッセルは孤独だった。ケンブリッジ大学の教職をクビになり、投獄された。ラッセルを支援する哲学者はいなかった。戦争を熱烈に支持したホワイトヘッドも、オーストリア軍に志願し勇敢に戦ったウィトゲンシュタインも、国家という通俗イデオロギーに縛られた哲学職人にすぎなかった。この差は、彼らが日常言語の哲学的優位を信じきっていたことと無縁ではないだろう。
 反核平和宣言五十周年かつ記述理論百周年を機に、「非日常言語と倫理」をキーワードとしてラッセルの思想を振り返る意味は大きい。互いに無関係だと思われてきたラッセルの平和運動と理論哲学の関係を、じっくり考え直してみる頃合である。