三浦俊彦による書評

★ デヴィッド・リンドリー『ボルツマンの原子』(青土社)

* 出典:『読売新聞』2003年5月11日掲載


あるいは アマゾンで購入
 いま、原子の実在を疑う者はいない。しかし、科学界に原子を認知させるまでに、一人の男の執念と悲嘆がどれほど費やされたことか。
 そう、古典力学の完成と量子力学誕生にはさまれた一見地味な、凪のような十九世紀後半こそ、実は科学史上有数の激震時代だったのだ。直接に実証できない原子の実在を主張し、厳密であるはずの科学法則をランダムな粒々の運動などという確率問題へ引き降ろしてしまったのでは、学界が拒絶で応じるのも無理はない。洞察が進みすぎたボルツマンの悲劇である。
 理論解説と人物描写の交互にせり出す記述が、終局に向かって緊迫感を増してゆく。反論の嵐。哲学への逃避。時が熟しアインシュタインが原子の実在を証明した翌年、勝利を知らぬまま失意のボルツマンは静養先で自殺する。
 「必然より偶然」「実証より理論」という二大哲学がいかに科学を豊かにしているかを、人間ドラマによって解き明かしてくれる究極の書である。

楽天アフィリエイトの成果(ポイント)は本ホームページのメンテナンス費用にあてさせていただきます。
 ご協力よろしくお願いいたします