三浦俊彦による書評

★ リチャード・ドーキンス『悪魔に仕える牧師』(早川書房)

1* 出典『読売新聞』2004年6月20日掲載


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 史上最高の科学理論といえば、ニュートン力学でも量子論でも相対論でもなく、ダーウィンの進化論であることに、知識人の大半が賛成するだろう。「利己的遺伝子」「ミーム」といった概念を広めて現代ダーウィン主義の主軸を打ち立てたあのドーキンスの論集とくれば、時代の閉塞を破る託宣を望みたくなるというものだ。本書はその期待を裏切らない。
 エッセイ、講演、書評、序文、追悼文などスタイルもさまざまなら主題も縦横無尽。ポストモダニズムを批判し、宗教とコンピュータウイルスを比べ、遺伝子組換えやクローンへの無反省な怖れを危惧し、インチキ健康食品に憤り、創造論者のインタビューに怒りつつ英国式ウィットに富んだドーキンス節が、科学的思考こそ最高の倫理であることを力強く宣言する。
 9・11の直後に書かれた「立ち上がるべきとき」はとくに熱っぽい。「テロゆえにイスラム教を非難するのは、北アイルランド紛争ゆえにキリスト教を責めるようなものだ」というブレア首相の言葉にドーキンスは一票。ただし正反対の意味で。「ゆえにイスラム教を責めるな」と持っていくブレアに対しドーキンスは「今こそすべての一神教を告発せよ」と叫ぶのだ。悪いのは宗教ではなくテロ、といった決まり文句へのこの全面否定は、善良な読者をギョッとさせるだろう。しかし、科学の恩恵に浴したければ、宗教への偽善的な礼節はもはや捨て去るべし。口当りのよいうわべの文化相対主義は、思考停止の言い訳にすぎないというのである。
 他にも、長年のライバルだった故スティーヴン・グールドのアメリカ本位の著述への苛立ちあり、ダーウィン主義の偉大さを改めて強調したシンポジウム寄稿あり、十歳の娘に宗教の害悪を諭したメッセージあり。科学の知的側面に隠れがちな倫理的側面を、超一流科学者の情緒あふれた肉声によって感じ取ることのできる、貴重な作品集である。垂水雄二訳。

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