日本人は精力的で戦前の独逸に似ていると新聞記者団を引見してラッセル氏は語る
* 『大阪毎日新聞』1921年(大正10年)7月28日付掲載来朝以来新聞記者団との面会を謝絶していたバートランド・ラッセル氏は、二十七日初めて新聞記者団と会談した。約束の午前十一時、帝国ホテルに訪ねると直に庭に面した広間に招じ、一時間に亘り語り続けた。英国の名門ラッセル家の出と聞くが、何処やらに貴族らしい風貌が偲ばれ、険しく寄った眉の根に深く刻まれた皺が瞑想の苦闘を語る。
「日本での印象は?」との問いに対し、ラッセル氏は斯う語った。
日本人は非常に精力的で意志が強固であると思います。何を見てそう感ずるかといわれれば一寸困りますが、所作?動作総ての事からそう感ずるのです。しかも此特徴は、一面からいえば直ちに日本の欠点となる事でありまして、他人の思惑を顧みず、遮二無二自己の意志を他人に押しつけようとすること、随分支那(中国)辺りでは日本のそうした振る舞いを感付くことがありますが、之が日本の将来の為に余程考えるべき事だと思います。戦前(=第1次大戦前)の独逸--私は独逸に対しては非常の同情を持っていますものでありますが--今日の日本とは余程似通ったものがあるように思います。両国共に大精力を強固な意志を以て過去数十年間に産業的の大発展を為した事など全く同じような経路を示しております。
列国の対支(那)政策
支那におりましたのもしばらくの間で纏まった意見などの立て様もありませんが、私は支那の事は支那自身に委ぬべき事だと思います。しかし今日の状態では、たとえ日本が手を引くにしても、日本の後ろには直ぐ他の諸国が手を延べ、日本のやった事と同じ様な行動をやるのは明白で、従って何とか列国の間に協定を遂げ?、全然支那を列国の魔手から解放せねばなりません。私は、こうする事が最もよく支那の発達を見る所以だと思います。又、之はなかなか願い難いことですが支那四億の民衆が一致協力する事が出来れば武力を以てしても外国の干渉を駆逐し得ると信じます。
(参考:ラッセル著『中国の問題』)
露国の現在と将来
露国(ロシア)は飢饉や其他国内の混乱のため今にも労農政府が没落するような情報が参りますが、倫敦(ロンドン)を中心として発せられる露国電報は、余程眉唾ものです。現に凶作の電報と前後して非常の豊作を伝えるような電報が来ているような訳で、私はレーニン政府がそう易々と没落するものとは信ずる事が出来ません。寧ろ露国の将来に対しては楽観しているような訳です。又共産主義(松下注:現在の言葉に直せば「社会主義」あるいは「民主社会主義」)は人類発達の現状に考えて良過ぎはしないかというような疑問を発する人もありましたが、私はそうは思いません。共産主義と言っても今日の資本主義が社会の各構成員に対して要求している以上のものを要求するものではありません。私が世界の二大巨人としてレーニン氏とアインシュタイン氏を挙げたので色々とお尋ねになりますが、レーニン政府は善悪両方面がありますので、無論私は同氏を尊敬していますが、寧ろアインシュタインの方をより多く尊敬しております。(東京電話)
(参考:ラッセル著『ロシア共産主義』/第一次世界大戦の結果)