金子光男(著)『ラッセル』への「あとがき」
* 出典:金子光男(著)『ラッセル』(清水書院,1968年4月 225 p. 19cm. センチュリー・ブックス:人と思想シリーズ n.30)*金子光男 略歴:執筆当時、東京家政大学教授
*右下写真:
あとがき
ラッセルは20世紀最大の思想家である。そして彼の思想は、汲めどもつきざる泉のように、さまざまの広い分野にわたって展開されており、本書などではとてもその全体にわたって紹介することはできない。また彼の著書や論文や雑誌に書いた文やエッセイ、その他各種のメッセージ、アピールなどを加えると、厖大な数にのぼり、われわれはとてもそのすべてを読むことはできない。彼の著作のある一部分だけをみて彼を論ずることは、あたかも巨象をなぜる群盲のあやまちをおかすことになる。
ここ数年来、ラッセルの業績は世界各地でみとめられ、彼の思想と行動を研究しようとする傾向が非常に強くなってきた。わが国でもラッセル研究が本格化し、1965年1月21日、「日本バートランド・ラッセル協会」(早稲田大学政治経済学部牧野研究室内に事務局設置)が発足することになった。この協会はラッセルの思想の研究、理解、普及を目的とし、あわせて世界の平和および人類の幸福に貢献しようとする目的をもったもので、アカデミックな仕事に終始し、政治的活動は行なわないことになっている。
この協会は、この目的を達成するために、研究会及び講演会を開催し、機関誌、資料その他の刊行物を発行し、また同じ目的をもつ他の団体との連絡などの仕事をする。そして年に少なくとも1回は公開講演会(大体ラッセルの誕生日の5月18日)を催し、また数回の「会報」を発行して、会員相互の研究と連絡をはかることになっている。この会は誕生当時は小さいものであったが、しだいにラッセルに関心をもつものが増加し、今では会員のほかに多数の会友が参加してこの会をもりたてている。さらにまたこの協会は、渡欧してラッセルに会った人たちの帰朝談などによって、彼の近況をつぶさに連絡しあっている。
ラッセルについての独自の研究書はきわめて少ないけれども、訳本は非常にたくさん出版されている。「バードランド・ラッセル著作集」をはじめとして、すでに100冊以上になろうとする邦訳が出ている。それからラッセルのものは最近、英文教科書として学校で使用されているものが非常に多い。もちろん彼の1つの著作全部ではなく、その抜粋が多いのではあるが、これとても各種の書店からテキストとして、60種以上も(このほかに対訳は10種以上)発行されている。しかも彼の文章は論理が明解で、じつに流暢な代表的エッセイが多いので、それだけ利用されることが多いのであろう。こんな点でも、若い世代たちは、ラッセルに触れる機会はもっとも恵まれているわけである。
またラッセルの著作を一堂に集めるという機会はなかなか得られないのであるが、1967年の3月から4月にかけて、イスラエルで国際書籍展がひらかれたが、そのさい世界各国で発行されているラッセルの出版物が特別展覧されることになった。こういった国際書籍展のなかで、毎年秋西独のフランクフルトで開かれるものが世界的に有名である。これに比べるとイスラエルの書籍展は、まだ歴史もあさく規模も小さいが、それだけに新しい試みをもっている。ここでエルサレム市は、「社会における人間の自由」という課題に対して、著述をもって貢献した著者に文化賞を贈ったのであるが、この第1回の授賞が、1963年にラッセルであったということも特筆すべきことであろう。今年の国際書籍展には、大陳列場が準備されている。というのも、イギリスで出版された全刊行物をそろえ、それに世界各国で翻訳されたものを並べようとして、各社に出品を要請しているからである。おそらく今年は、それ以外の問題(「ラッセル法廷」の問題など)ともあわせて、ラッセルに対する世界的関心はいっそう高まることであろう。
ラッセルについては、いろいろと学ぶところが多い。そしてまたラッセルを勉強することは、そのまま日本のかかえている諸問題と直結することになるであろう。それはこの本を読んだ人は、その点で何かをつかんだことと思うからである。彼の著作はたしかにたくさん出ているが、とにかく自分の好きな領域のものをどれでもよいからよんでほしい。できれば直接英文で。巻末の「参考文献」は、わりあいに平易に書かれており、また代表的なものをあげておいた。大いに活用してもらいたいと思う。