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ラッセル関係書籍の検索 ラッセルと20世紀の名文に学ぶ-英文味読の真相39 [佐藤ヒロシ]

バートランド・ラッセル(著)『結婚と道徳』(社会思想社版)への訳者あとがき

* 出典:バートランド・ラッセル(著)、江上照彦(訳)『結婚と道徳』(社会思想社,1955年12月刊。260pp.)
* 原著:Marriage and Morals, 1929
* 江上照彦 略歴
* 写真右上は、ラッセル協会の研究会で講演する江上照彦氏

訳者あとがき(江上照彦)

 バートランド・ラッセルの名は、哲学者あるいは社会思想家として、我が国にも古くから知られている。著書の邦訳もかなりある。今年(=1955年)になって、ジュネーヴ巨頭会談開催前の7月、米・英・仏・カナダ・ソビエト・中共(=中国)6ヵ国の元首または首相に対し、原子戦(核戦争)反対の強硬な主旨をアイシュタイン、湯川博士ら8名の著名な科学者の連署をえて、書簡として送ったことなどから、積極的平和主義者としてのラッセルの印象が、われわれにはいちばん新しいのかも知れない(写真下:ラッセル=アインシュタイン声明を読み上げるラッセル)。彼の平和主義は、決して事新しいものではない。すでに第2次大戦のさい、いわゆる良心的従軍拒否者として政府に反抗し、投獄されたことは有名な話である。あえて平和論だけにかぎらず、すべてに主義が一貫していること、言行が一致していること、それがラッセルの処世上の特徴である。
 ラッセルは元来英国名門の出で、1872年の生れ。祖父にあたるジョン・ラッセルは、閣僚および首相として活躍した当時の最も輝かしい政治家の1人であった。だからB.ラッセルも3代目の伯爵であり、卿(Load)である。ケンブリッジのトリニティ・コレッジに学び、卒業後その講師(lecturer)と校友(fellow)になった。記号論理、数理および新実在論哲学者としてようやく著名になったが、既述の兵役忌避がたたって母校の地位を追われた(松下注:別の所に書いたように、これは江上照彦氏の勘違い。第一次大戦中に兵役義務年齢が引き上げられたが、当時は、ラッセルはすでに兵役義務を免れる年齢であった。)
 ラッセルほど多方面で、しかも深い学識は当代ほとんど他に例を見ない。それはちょうど偉大な天才の複合のようである。「合理主義者、不可知論者、政治学者、社会学者、オールド・リベラリスト、進歩主義者、天才的で光の閃くような独創的思想家」とはタイムズ文芸附録のラッセル評であるが、さらについでに、不屈の平和論者、J.スウィフト流の風刺家・文明批評家とつけ加えたい。1950年にはノーベル文学賞を授けられた。
 右評にいう「独創的思想家」との言葉は、真にB.ラッセルを際立った存在にする特長の1つを指すのであって、ヒューム以後の英米哲学に対して彼くらいオリジナルな貢献をした学者はないといわれる。特長の第2は、彼がその思想を表現する明解優雅なスタイルである。と言っただけでは、まだ足りないかも知れない。ラッセルの社会・政治的著作は、むしろ彼の純粋哲学以上に彼を有名ならしめているが、ここでは論旨そのものがきわめて卓抜峻烈であると同時に、しきりと警句逆説の類があらわれて読者を喜ばせる。一脈バーナード・ショーの毒舌に似通う味もあって、長谷川如是閑先生はこれを、「私の子供のころ聞いた落語家の'まくら'を聞いているようで、真面目な論文で、イギリス式ユーモアを満喫させられるのがたまらなくうれしかった」と感心しておられる。つまり、深遠な価値の高い思想が、洗練された鋭利な文学的表現をかねそなえている点に、ラッセルのたぐい稀れなすぐれた持味があるのである。
 この本は「結婚と道徳」(Marriage and Morals, George Allen & Uniwn Ltd., London)の全訳である。初版は1929年。右に述べたラッセルの2つの特長は、ここにも遺憾なく示されている。本著は、人間、時に女性の真の開放を目ざして、フロイド理論を参酌しつつ、既存の性のモラルと制度の改革を主張し、人生における性の価値、すなわち性の倫理の再発見をテーマとするものであるが、なかんずく、現在の結婚制度はたぶんに迷信と因襲の遺産であるとし、また、性を罪悪視し、堕落させたのがキリスト教倫理であると批判した。今でさえ王女の恋愛を無為におわらせる伝統的空気の濃い英国で、当時この見解がどれほどショッキングなものであったかは、想像にかたくない。彼はごうごうたる世論の非難を浴びた。ニューヨーク市立大学の哲学教授に任命されるはずの約束を、取消される原因にもなった。だから本著の刊行には、おそらくは、徹底的平和論を主張して刑に服した場合と同様に、信念のためには社会の「格子なき牢獄」に下るほどの覚悟が必要であったろう。彼の独創性は、ここでは、むしろ挑戦的というくらいの刺戟の強いものになっている。
 さて先に、ラッセルの文章は「明快優雅」であると言ったが(A. Dorward が lucid and elegant といっている)、それはもちろん原文のことである。日本語に移してそれが「晦渋蕪雑」になりはしなかったか、また、せっかくの鋭い警句の気が抜けはしなかったか、私は私なりに微力を尽したつもりであるが、その点はなはだ心もとない。おおかたの御叱正を請いたい。
 性に関する問題は、特に敗戦後の今日、明らかにわれわれ当面の大きな課題である。というのは、性がまず個人の幸福に、痛切に影響することはもちろん、それを恋愛、結婚、家族、教育、離婚、売春、人口というぐあいに、だんだんに拡げて見てゆく場合には、それぞれに重大な道徳的社会的問題がからんでくるという意味である。すなわち、これらの事実は、性のモラルと制度から切離してはとうてい考えられないし、また、いわゆる性の動揺混乱というのも、モラルおよび制度と現実との摩擦現象であるという見方もできるのである。なるほど、この種の問題を取扱った評論や刊行物は一般に決して少くはない。が、しかし、この卑近な、微妙な、そうして困難な問題に対するかの「ラッセル」の見解と主張が果してどういうものなのか、それは、彼の全思想体系にどう連なり調和しているのか、それを示すほとんど唯一の異色ある著述である点に、彼の「結婚と道徳」の格別の地位があり、一般性愛の書と区別さるべき理由があるのである。もっとも本書を読んで、彼独自の進歩的改革的思想から有益な示唆を受けるか、あるいはこれを単に彼の大胆なドグマにすぎないと感じるか、その判断は、もちろん、読者の自由に属するのであるが。
 本書刊行については、出版部土屋実氏、杉田茂氏にいろいろと御配意をわずらわした。なお別に江上勲氏の援助を多とせねばならぬ。ここに、記して各位に厚く謝意を表したい。  1955年11月