バートランド・ラッセルのポータルサイト

バートランド・ラッセル(著)『数理哲学序説』- 訳者解説

* 出典:バートランド・ラッセル(著),平野智治(訳)『数理哲学序説』(弘文堂,1942年3月刊。325pp./岩波書店,1954年8月刊。276+7pp. 岩波文庫 青33-649-1)
* 原著:Introduction to Mathematical Philosophy, 1919.
* 平野智治氏略歴
* 解説1

訳者解説2(弘文堂版をベースに追記したもの、1954年5月1日)

 現代における数学基礎論の問題に対する学者の見解を大別すると、論理主義、形式主義及び,直観主義の3つになる。数学は論理学の一分科であるというのが、論理主義者の根本的主張である。即ち彼等は、数学の概念はすべて論理学の基本概念で定義され、数学の命題はすべて論理学の基本命題から、論理学の法則に従って演繹されるものであると主張する。この見解に従えば、数学と論理学とは同一のものとなり、論理学は数学の青年時代、数学は論理学の壮年時代とみなされ、両者の間には画然たる境界がなくなる。
 形式主義者は、数学が論理学に還元されるものであるとの説を否定し、それをば形式の科学であると主張する。今「足利尊氏は徳川家康より前の人である」という命題をとり、その中の足利尊氏の代りに豊臣秀吉を、徳川家康の代りに明智光秀を、「前の人」の代りに「偉い人」を置換えると、「豊臣秀吉は明智光秀より偉い人である」という1つの新しい命題が得られる。このように言葉の置き換えだけによって1つから他のものに移り得る命題は、互に言葉の置き換えによって変わらないあるものを共有している。言葉の置き換えによって変わらない命題の部分を、命題の形式または命題の構造という。数学は現実世界の形式の科学であるというのが形式主義者の主張である。我々は我々の世界に起る現象を記号の中に描写し、現象を取扱う代りに描写された記号を取扱う。従って現実世界の形式を対象とすることは、それを描写する記号の構造、記号の形式的性質を対象とすることになる。記号の形式的性質だけを対象とするときには、記号が表す意味を全然考慮の外に置いてよい。数学をば内容的意味を有たない記号の形式的性質――形式的演算の科学であるとみなす形式主義者の主張はここから生れる。
 形式主義者が記号を重要視するのに反して、直観主義者は人間の思惟に重きをおく。彼等の主張は次のようである。数学は人類の思惟の産物であり、思惟の正確な部分が数学と呼ばれるものであるすべての科学も日常の思惟も何れも正確な思惟を含んでいるから、それらは数学を含むといわなければならない。従ってどんな科学でも、どんな哲学でも、はては論理学までも、正確な思惟の働き、即ち数学を含んでいるから、それらを数学の前提、数学の出発点にとり、それらによって数学の確実性の保証を得ることはできない。数学の概念構成や証明方法に確実性を与えるものは、ただ直観だけであると。このようにして直観主義者は、数学の概念や命題に明確な直感的意味を要求した。その結果、彼等は明確な構成をもつ概念と命題とだけを数学の対象として採用し、これに反するものは意味のないものとして数学から除外した。伝統的な数学の中の数多くの有用な定理も、有限回の構成方法で証明されないという理由で、彼らの数学から除外される結果となり、彼らの数学は従来の数学より狭い知識の体系となった。
 現在生存する数学基礎論の代表者は、論理主義における Russell, 形式主義における Hilbert, 直観主義における Brouwer である。本書は論理主義の代表者 B. Russell の著 Introduction to Mathematical Philosophy, 1919 (邦訳作業は、1920年の第2版による)の全訳である。第1次世界大戦の末期、政府と所見を異にし、牢獄内につながれながら、書かれたのが本書であるという(写真:ラッセルが入獄したロンドン郊外の Brixton Prison)。そしてその目的とするところは――原著者の序にもあるように――単なる入門書であって専門的な研究書ではない。しかしこの書は、論理主義の数学基礎論の概略を知るためには一番手ごろなものであろう。
 論理主義的な哲学は、論理学に数学的な記号と数学的な演算方法とを適用しようとしたことから始まる。そしてその起源を Leibniz まで遡るのが普通である。彼のいわゆる Characteristica Universalis の夢、即ち概念を特有の記号で表し、推理による命題の変化を計算で表し、定義や演繹の体系を1つの演算の体系としようとした彼の企てが、通常論理主義の起源として述べられる。しかも彼の研究こそ、その後の学徒の研究の指針となり、その後のこの方面の研究の胚芽となっている。彼に続く研究者の中で著名な人は De Morgan(Formal Logic, 1847), G. Boole(An Investigation into the Laws of Thought, 1854), E. Schröder(Vorlesungen über die Algebra der Logic, 1890-1905), C. S. Peirce(Collected Papers, 1931- ) である。特に Schröder と Peirce との研究によって Kant をして「Aristoteles 以来全く進歩しない論理学こそ不可思議なものだ。見たところ完成され完了されているようだ」と賞讃せしめた Aristoteles の論理学に、全く新しい分野を拓くことができた。即ち Aristoteles の論理学は、単なる主辞と賓辞とからなる命題の論理学であったが、この2人の研究によってこれに命題函数の計算や開係の論理学がつけ加えられ、論理学の領域がずっと拡大され、その上、従来の記号論理学が数学の形式に模倣せしめようとしていた絆からも脱却し、独立した記号論理学としての完全な域に近づき、数学の論理化に対して必要な法則を皆含むことができるようになった。この記号論理学の発展と並行して、数学者の中に数学の算術化、即ち純粋数学のすべてを自然数の性質に還元するという機運が起こった。Weierstrass らのあとをうけて Dedekind はついに無理数をある分数の集合をもって、分数を整数の対をもって定義し、完全なる数学の算術化に成功した。次いで Frege は自然数の概念を論理の基本概念に還元し(Grundlagen der Arithmetik, 1884 /Grundgesetze der Arithmetik, 1893-1903), イタリアの Peano は純粋数学の構成に必要な自然数の間の命題を、5つの基本命題に帰着せしめた(Formulaire de Mathematiques, 1895-1905)。Schröder らの記号論理学に関する研究の結果を用いて、Dedekind, Frege, Peano らの仕事を統一し完成したのは Russell と彼の共同研究者 Whitehead である。Russell は彼の論理主義に対する哲学的考察を Principles of Mathematics, 1903に、記号論理学を使って、論理学から数学を実際に誘導する方法を、彼と Whitehead との共著 Principia Mathematica, 3 vols., 1910-1913に発表している。この Russell の仕事は、論理主義に対する画期的業績であった。Russell の上の2つの著書に対する初学者への解説書が本書である。(但し Principles of Mathematics, 1903 と本書とに表れた哲学的思想には相当の隔たりがある)。その後彼らの研究にもなお大きな欠点があることが指摘され、いろいろの方面からそれの修正が試みられ、それの反駁が試みられた。しかし Russell はなお 1937年に出した Principles of Mathematics の第2版の序の中で、「その後、この種の問題はいろいろと論議され、いろいろの点で改良され、新しい問題が起ったり、古い問題のあるものが解決されたりしたが、自分は数学が論理学から誘導されるものであるという根本的主張に対して何ら変更すべき理由をも認めない」と述べている。
 数学を論理学から誘導するには、論理学の基本概念と基本命題とを初めにおき、これに演繹の法則を加え、一歩一歩と演繹を進め、数学に到着すべきである。この方法は、論理的には厳正であるが、初学者には理解し易いものではない。論理学の基本概念や基本命題は、論理的には単純であるが、単純なものが必ずしも理解し易いものではなく、理解し易いものは、むしろ日常生活の中にしばしば現れるものである。この理由から著者は、本書の叙述に論理的順序をとらないで、日常生活に現れる自然数を出発点にとり、基数を定義し、数概念の拡張に及び、さらにそれらの定義の中に含まれる概念を分析して、ついに、論理学の基本概念に至り、これらの説明をもって本書を終っている。論理的演繹の順序からいえば逆である。もし読者が全体系を組織的に理解せんとするならば、本書の内容を論理的演繹の順序に排列しかえてみることが必要である。

(以下、「弘文堂版の解説」に手が加えられている。)
 本書の訳は、数年前からできていたもので、昭和16年に(昭和17年の誤り。ただし、「解説」は昭和16年11月筆。)弘文堂から単行本として出版したが、今は絶版になっている。しかし今日でも我が国に適当な数理哲学の入門書がないことや、本書が論理主義の大略を知る上に、またラッセルの数理哲学に対する考え方を知る上に、手ごろなものであることなどから、本書がたやすく読めることは便利なことと思い*、友人の薦めに従って、岩波文庫の1冊に加えてもらった。
 *本書には Gundel と Gordon の独訳 Einfuhrung in die mathematische Philosohie と、Moreau の仏訳 Introduction a la philosophie mathematique とがある。訳出にあたって前者を座右において参照した。

 出版にあたって、旧版を読み返したところ、余りにも旧態でごつごつしているのに驚いた。しかしこれを満足な形にするには、すっかり改訳しなければならないが、それだけの時間の余裕がなかったので、目立つところに筆を入れるだけに止めた。読みにくいところはご寛容を願いたい。
 昭和29年5月 訳者