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アラン・ウッド「バートランド・ラッセルの哲学 I 留意事項 05 - Alan Wood: Russell's Philosophy, a study of its development: cautionary notes 05

In: My Philosophical Development, 1959, by Bertrand Russell

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ラッセルの哲学 留意事項 05

 ある語をどういう意味に使うかを確信しないで(あいまいな理解のまま)その語を使うことには、明らかな危険がある。しかし、正確な定義を与えようと試みる際にも、それほど明確ではないが、別の危険がある。 その危険とは、我々がその語の定義に成功したと思うかも知れないという危険である。

 哲学における正しい手続き(やり方/進め方)は、定義できない(いくつかの)名辞(indefinables)という用具(apparatus)と(=用具を揃えて)、それら(の定義できない名辞)によって定義される言葉と(の両者)によって始めることであるとは、私は信じていない。 哲学においては、定義できない名辞や(語の)定義に関するいかなる陳述も、最初にというよりむしろ最後に来るべきものだと私は信ずる。 哲学は、(上記のような)語を、観念論者や実在論者(訳注:realist 人間の認識や知覚に依存しない事物の客観的実在を認める立場)として、先天的や経験的として、必然的と付随的(contingent)として、普遍的と個別的として、というように用いる主題なのである(訳注:哲学者は必要に応じ、いろいろな意味で語を使うということ)。 そうして、我々は、最後には、自分が何について語っているかを理解するであろうとの希望(それは決して完全には実現されない希望)によって鼓舞されるのである。


ラッセル英単語・熟語1500

Cautionary notes, n.05

There are obvious dangers in using words without being sure what we mean by them. But there is another danger, though less obvious, in trying to provide exact definitions. The danger is that we may think we have succeeded.

I do not believe the correct procedure in philosophy is to begin with an apparatus of indefinables, and other words defined in terms of them. I believe that, in philosophy, any statement of indefinables and definitions must come at the end, rather than at the beginning. Philosophy is a subject in which we use such words as idealist and realist, a priori and empirical, necessary and contingent, universal and particular; and we are inspired by the hope (never fully realized) that we will end up by knowing what we are talking about.



(掲載日:2022.12.22/更新日: )