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バートランド・ラッセル 権力 第14章 (松下彰良 訳)- Power, 1938, by Bertrand Russell

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第14章 競争, n.14 - 至福千年主義者とは?


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 熱心な革新者は,一般的に言って,至福千年主義者(注:キリスト教終末論=至福千年説=千年王国説=ミレンニアム,を信ずる人々)である。(彼が信じる)至福千年の信条を皆が抱くようになれば,至福千年が訪れるであろう,と至福千年主義者は考える。現在のところ,彼(至福千年主義者)は革命派(革命的)であるが,将来は保守派である(保守派となる)。(即ち,)完全な国家は到達可能であり,(一たび完全な国家に)到達すればそれは変えることなく保存されるのみである。こういった見解を持っているので,至福千年主義者は当然のこと,いかなる程度の暴力をふるうことにも尻込みせず(shrinks 縮み上がる),完全な国家を求めることにおいても,あるいは完全な国家の転覆を防ぐことにおいても,当然のこと,まったく尻込みしないのである。(つまり)野党の立場にあるときは(in oppositon),彼はテロリストであり,政府の立場に立てば(権力を握れば),迫害者となる(のである)。至福千年主義者の暴力に対する信念(注:敵に対する暴力は可)は,当然,彼の敵対者たちにも同様の信念をかきたてる。敵対者たちが政権を握っている間は,彼(至福千年主義者)を迫害をするであろうし,彼らが野にくだれば,彼(至福千年主義者)を暗殺する計画を立てるであろう。従って,(彼の信ずる)至福千年は,誰にとっても心地よいものであるというわけにはいかない(のである)。(つまり)スパイや,行政命令による逮捕や,強制収容所(など)が存在するようになるであろう。しかし,テルトクリアヌス (注:カルタゴ生れの教会著述家。明晰な論理を用いて三位一体説や原罪説に根拠を与えた。)のように,彼(至福千年主義者)はそれをまったく害があるとは思わない(理解しない)のである。
 確かに,(世の中には)もっと穏やかなタイプの至福千年主義者も存在している。(即ち)人間において最良のものは,その人の心の内部から来るものでなければならず,また,いかなる外的権威によっても強いることはできないものである,と考える人々がいる。この見解は,フレンド派(キリスト教友愛会)によって例示されている。(また)外的影響力博愛及び賢明な説得の形である場合には重要かつ有益であるかも知れないが(可能性があるが)、牢獄(刑務所)あるいは処刑(execution 死刑執行)という形をとる場合にはそうではない,と考える人たちもいる。そのような人々は,熱心な革新者であっても,宣伝の自由を信ずるかも知れない。

Chapter 14: Competition, n.14

The ardent innovator is, as a rule, a millenarian : he holds that the millennium will have arrived when all men embrace his creed. Though in the present he is revolutionary, in the future he is a conservative : a perfect State is to be reached, and when reached is only to be preserved unchanged. Holding these views, he naturally shrinks from no degree of violence either in seeking the perfect State or in preventing its overthrow: in opposition he is a terrorist ; in government, a persecutor. His belief in violence naturally provokes the same belief in his opponents : while they are in power they will persecute him, and when they are in opposition they will plot his assassination. His millennium is not therefore altogether pleasant for everybody ; there will be spies, arrests by administrative orders, and concentration camps. But, like Tertullian, he sees no harm in that.

There are, it is true, millenarians of a gentler type. There are those who consider that what is best in a man must come from within, and cannot be imposed by any external authority; this view is exemplified by the Society of Friends. There are those who hold that external influences may be important and beneficial when they take the form of benevolence and wise persuasion, but not when they take the form of prison or execution. Such men may believe in freedom of propaganda in spite of being ardent innovators.
(掲載日:2018.02.14 /更新日: )