バートランド・ラッセル関係の誤訳及び不適切な邦訳
[ラッセル誤訳例 n.003 ★過去ログ★(お願い)誤訳あるいは不適切な訳だと思い紹介していますが、私が勘違いしている場合もありえます。そのような場合には、電子掲示板あるいはメールで指摘ください。
The good life is one inspired by love and guided by knowledge.(すばらしき人生は,愛に鼓舞され,知識に導かれたものだ。) Patriotism is the willingness to kill and be killed for trivial reasons.(愛国心とは,喜んで人を殺し,つまらぬことのために死ぬことだ。)
どちらの訳も気に入らないが,特に後者は問題である。臼井氏の訳では, the willingness は to kill だけにかかり, to be killed にはかからないとしている。また, for trivial reasons は to be killed にはかかるが to kill にはかからないとして訳している。英文をよくみずに,勝手に言っている内容のイメージをつくりあげ,日本語をあてはめてしまっている。
普通にこの英文を解釈すれば、次のような構造になっているはずだ。
the willingness to kill for trivial reasons + the willingness to be killed for trivial reasons → the willingness to kill and to be killed for trivial reasons.
p.215に「willingness ~快く~すること 」という注がついいている。全体の意味を正確にとらえずに, willingness (willingness to)に 「快く~すること」という訳を固定化して, 「快く殺されるはずはないから」と考えてしまって, for trivial reasons は後者にだけかかるとしてしまったのではなかろうか。
しかし上記のように構文をとらえるのが常識的であろう。 willingness to を「進んで~する」と考えて,
「愛国心とは,取るに足らない理由で,進んで人を殺したり,殺されたりすることである。」
とすべきではないか?
しかし,問題はまだ別にある。
名言・警句集というのは,当人が言ったそのままではなく,引用する人が少し文章を変えてしまったりして,いつのまにかそれが定着してしまうことがけっこうある。この引用も,ラッセルが言ったとおりではなく,実際は下記の文脈で言われたものを,独立した一文の警句になるように一部文章を変えてしまったものである。
★従って,引用する場合には,どの著書からという情報だけでなく,どの版(どの出版社の,何年に出版されたもの)で,ハードカバー版かペーパバック版か(ページが異なる場合が多いため!),また何ページに掲載されているかまで示すようにしたほうがよいだろう。
(オリジナルの文章)
Education authorities, as opposed to teachers, have not this merit, and do in fact sacrifice the children to what they consider the good of the State by teaching them ★'patriotism', i. e., a willingness to kill and be killed for trivial reasons.
(教師と対立したものとしての教育当局は,このような長所を持たず,子供たちに「愛国心」,言い換えれば,取るに足らぬ理由から進んで人(=外国人)を殺したり,殺されたりする心を,教え込み,彼らが国のため(国益!)と考えるもののために子供たちを事実上犠牲にしている。)
[From: Sceptical Essays, 1928, chap. 13:Freedom in Society. (Unwin paperbacks, 1928, p.136.) ]
最近強調されているコミュニケーション中心の英語教育にはこういった文法を疎かにしているものが多く見られ,残念であるとともに,数年後に失敗だったということになるような気がしてならない。