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牧野力「痛む脚に杖して(笠会長の思い出)」
『ラッセル協会会報』n.10(1968年4月)p.4.

* 牧野力(まきの・つとむ, 1909〜1994):当時,ラッセル協会常任理事。

 会長は誰にお願いしましょう? と協会設立準備の方々の間で思案された時,ラッセル卿夫妻を日本にお招きすることに熱心であった笠さんが・・・,という声に意見は一致した。
 だが果して,承諾されるだろうか? 誰にも確信がなかった。しかし笠先生は,御意向打診に赴かれた方にこう返事された。

  「関係者にお会いして,お話した上で考えさせてほしい。」

 お迎えした夜,先生はこんな話をされた。
自分は少しばかりドイツのものは読んだが,ラッセルの西洋哲学史には全く心を引かれた。観念論でなく,経験を軽視しない点がいい。ラッセルの考え方は,今日の日本人には研究理解する意味がある。唯崇拝するのではなく,批判すべき点は批判してゆきたい。どこまでも地味で着実な思想研究団体でありたい,云云。
 お引き受け頂くことになってから,規約起案その他で,協会設立総会までは,どうしても一週間とか十日とかの間を置いて五,六回協議を重ねなければならなかった。そして先生は必ず出席された。
 講演や原稿執筆で,先生はさぞかし御多忙だったことであろうと思われる。だが,茅ヶ崎の御自宅から,東京まで,しかも不便な早稲田(大学)まで,約二時間余をかけて,足をはこばれた。その頃,先生は痛風をやんでおられた。夜遅くなり,東京にお泊りのこともあった。夜風はメッキリ冷たかった頃,一再ならず,痛む脚に杖しておられるそのお姿,そこには,お義理の推戴会長という印象はミジンもなく,協会設立に期するところがあってそれに打ち込むという風が感ぜられ,参会者一同,無言のはげましを受けた。
 別に,モットーというようなことばは何も語られなかった。地味で,意味のあるシンの強い存在であろうとする気塊は一同に感得された。先生なき後も,冷い夜風の中に痛む脚に杖して立つ先生のお姿は,わたしたちの心に協会の指針とも支えともなって,生きているのである。(早大教授・本協会常任理事)