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弔辞(江上照彦)

出典:『バートランド・ラッセル協会 会報』n.10(1968年4月)p.2.

* 参考:松本重治「笠君と日米関係」


 笠信太郎先生(りゅう・しんたろう:1900年12月11日-1967年12月4日)御逝去との報道に,私たちは愕然(がくぜん)として息を呑みました。あまりの事の唐突さに,ただ茫然自失して為す術を知りませんでした。しかし,やがて悲嘆衷惜の念が胸に迫って,溢れ出る涙をどうしようもありませんでした。

 私たちは,この「日本バートランド・ラッセル協会」を通じて,ひごろ先生に親炙(しんしゃ)してきました。昭和四十年一月,早稲田大学大隈会館での創立総会で先生を会長に推戴して以来のことです。お引受け下さいました先生は,役目を決して名目だけのものとはなさらないで,おんみずから率先して会務万端を御処理頂くという,たいへんな面倒と煩雑をおいといにはなりませんでした。協会の設立からその後の発展まで,もっぱら先生のお力によるものだったことを思うとき,今また改めて先生に深く感謝しないではいられません。

 なるほど,死は既知数といい,生者必滅ともいいます。それにしても,ひごろはむしろ御壮健のように拝見した先生を,そして日本の英知と良識の生ける印として,今後いっそうの御活躍をお祈り申し上げていた先生を,瞬時に天のかなたに拉し去った運命の非情さが恨まれます。寛厚慈父の如き先生の温顔が今なお眼前に彷彿致しますだけに,二度とお目にかかれない悲しみがいちだんと私たちの心を啄み(ついばみ)ます。

 しかし,今となってはただ,先生の御意志に副って,私たちかねての目的を推し進めるために,一同がなお徴力を致すべきことを誓って,先生へのせめてものお別れの言葉にするほかはありません。
 謹んで御冥福を祈ります。

 昭和四十二年十二月八日
 日本バートランド・ラッセル協会
      理事 江上照彦