遊びには,権力ヘの意志(権力志向)の二つの型が見られる。すなわち,いろんなことのやり方を学ぶことに本質が在る型と,空想にふけることに本質が在る型である。 挫折したおとなが性的な意味合いを持つ白昼夢にふけることがあるように,正常な子供は権力(志向)の意味合いを持つ’まねごと‘にふけるものである。正常な子供は,巨人とか,ライオンとか,列車(のような力強いもの)になりたがる。
In play, we have two forms of the will to power : the form which consists in learning to do things, and the form which consists in fantasy. Just as the balked adult may indulge in day-dreams that have a sexual significance, so the normal child indulges in pretences that have a power-significance. He likes to be a giant, or a lion, or a train .
出典: On Education, especially in early childhood, 1926, Pt. 2: Education of character, chap. 5: Play and fancy
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/OE05-030.HTM
<寸言>
大人に比べていかに自分は非力なことか、また、早く大人のようにいろいろできるようになりたいと思う。従って、自分を強者に見立て、強者の真似をしたがる。乱暴なこともする。しかしそれは、人間(子ども)における残酷性(サディズム)の現れではなく、あくまでも、強いもの(大人、ウルトラマン、百獣の王ライオン、その他)になりたいという、生物の子ども共通の願いや衝動であろう。