三浦俊彦による書評

★ ステッグマイヤー名倉『1億人のプチ狂気』(二見書房)

* 出典:『読売新聞』2004年5月23日掲載

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 ラーメンを食べ終えたら、スープ表面の油をつなげてデカイ一つにしないと気がすまない。会話相手の右目を見るか左目を見るかでいつも悩む。万一容疑者にされたときに備え、どこに行ってもアリバイを残しておく。電車内でまわりの乗客に名前をつけてしまう。人と人の間を通ったら、指をチョキにして見えない糸を切らねばならない。心を読まれてもいいように時々フェイントの考えを入れる。ドアノブや手すりに鼻クソでマーキングしてテリトリーを拡大。満員電車で人とくっつくのはイヤだけど肩甲骨が当たるのだけは快感。などなど……。
 微妙なルールにひとりタブー、クセ、コダワリ。「こんなん自分だけ?」という恥と煩悶が大量にカミングアウト。ウェブの匿名掲示板ならではの、極私的暗闇面の白昼大集合だ。
 思えばストーカーもリストカットもセクハラも、名称を持たない時代があった。公認の社会現象となるまでは、個々人が心地悪い悶々状態に甘んじていたのだろう。そこでこのたびは「プチ狂気」。うまく名づけたもんだな。
 強迫神経症、と医学的に割り切ってしまうとチト違う。わび、さび、あはれといった、細部を愛でる日本古来の美意識の延長っぽい感じもするし。とはいえ、電柱の真横にくるたびに特定の足踏みをするべしといった、生活をややこしくするばかりの自分ルールの数々には、「これって大丈夫だろうか」的悩みも潜んでいることは確かだ。この告白集を見て「ああ、みんなやってるんだ」と安堵する人も多いはず。その意味ではこれ、優れた癒し本と言えるだろう。
 ちなみにここに挙げた九例はみな、女性のプチ狂気。本書採録の投稿は男女ほぼ同数なのだが、女の自己埋没度が明らかに高めだったので。むろんマニア度では男も負けちゃいませんや。たとえば私の場合……おっとスペース切れ? ならばOtearai Webプチ狂気掲示板に、とっておきのマイ狂気を投稿しときましょっと。

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