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ラッセル「ジョン・スチュアート・ミル」n.20 (松下彰良・訳)

John Stuart Mill, 1955.

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 W(続き)

 ミルの原理が既存の法律を非難する第二の問題は,同性愛である。二人の成人(大人)が自発的に同性愛関係に入るならば,それは彼らにのみ関係したことであり,従って、社会の関与すべきことではない。もし仮に、そのような行為に対し寛容であることは社会をソドムとゴモラ(旧約聖書の『創世記』に登場する都市で、「性の乱れ」を理由に、天からの硫黄と火によって滅ぼされたとされる都市)の運命にさらすことになるだろうということが,かつてと同じく現在もいまだに信じているのであれば,社会は干渉するあらゆる権利を保有することになろう。だが社会は,そのような行為が邪悪だと考える根拠のみによって,干渉する権利をもっていない。刑法は,欲せざる(同性愛の)被害者に加えられる暴力や詐欺行為を防ぐために発動されることは正しいであろうが,どのような被害(損傷)があろうとも,それが、自分(agents 行為者本人)は成人(大人)であると常に考える行為者によってのみなされる時には, (注:強制されてではなく、成人した者が進んで同性愛行為をしている場合は)、刑法を発動するべきではない。(注:現在では多くの国でこのような考え方が認めれるようになってきているが、1955年当時においては、このような考え方は社会を混乱・腐敗させるものだと考えられていたことに注意)
The second matter in which Mill's principles condemn existing legislation is homosexuality. If two adults voluntarily enter into such a relation, this is a matter which concerns them only, and in which, therefore, the community ought not to intervene. If it were still believed, as it once was, that the toleration of such behavior would expose the community to the fate of Sodom and Gomorrah, the community would have every right to intervene. But it does not acquire a right to intervene merely on the ground that such conduct is thought wicked. The criminal law may rightly be invoked to prevent violence or fraud inflicted upon unwilling victims, but it ought not to be invoked when whatever damage there may be is suffered only by the agents always assuming that the agents are adults.

(掲載日:2016.1.8/更新日:)