現実はそんなに甘いものではないと主張する政治家はかえって非現実的!?

RATIONAL 私は、最初、理性に訴える方法を試みた。即ち,核兵器の危険をペスト(黒死病)に比較した。誰しもが「まったくそのとおりだ!」と言った。しかし誰も何もしなかった。特定の集団に注意喚起をしてみた。その成果は限定的ではあれあったが,社会一般や各国政府に対してはほとんど効果はなかった。次に私は,大規模なデモ行進による大衆アピールを試みた。皆がこう言った。「このようなデモ行進は迷惑千万だ!」。その後,政府に対する一般市民の不服従運動という方法を試みた。しかしその方法もまた成功しなかった。こうした方法は全て現在でも行われており,私はそのことごとくを,実行可能でさえあれば支持する。しかしそれらは,部分的な効果しかないということが明らかになっている。私はいま,各国政府と一般の人々の双方同時にアピールするという新しい試みを行っている。私は生きているかぎり,その探求を続けるだろう。そして,きっと,その仕事を他の人たちに続けてもらうべく任せるだろう。しかし,人類が自らを保存する価値があると考えるかどうかは,依然として疑問のままである。(イラスト出典: Bertrand Russell’s The Good Citizen’s Alphabet, 1953 — Rational – Not basing opinions on evidence 逆説的な物言い)

I tried first the method of reason: I compared the danger of nuclear weapons with the danger of the Black Death. Everybody said, ‘How true,’ and did nothing. I tried alerting a particular group, but though this had a limited success, it had little effect on the general public or Governments. I next tried the popular appeal of marches of large numbers. Everybody said, ‘These marchers are a nuisance’. Then I tried methods of civil disobedience, but they, too, failed to succeed. All these methods continue to be used, and I support them all when possible, but none has proved more than partially efficacious. I am now engaged in a new attempt which consists of a mixed appeal to Governments and public. So long as I live, I shall continue the search and in all probability I shall leave the work to be continued by others. But whether mankind will think itself worth preserving remains a doubtful question.
出典: The Autobiography of Bertrand Russell, v.3:1944-1969, chap.4: The Foundation
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/AB34-010.HTM

[寸言]
 「確信過剰(cocksure)」な人間の多い政治の世界。自らの愚かさに「確信」を持ってもらいたいところだが・・・。

揉め事(トラブル)の根本原因は,現代世界においては知的な(聡明な)人々が懐疑心でいっぱいである一方,愚かな人々が’確信過剰’である(cocksure)ということである。(The fundamental cause of the trouble is that in the modern world the stupid are cocksure while the intelligent are full of doubt.
出典:The Triumph of Stupidity (written in May 10, 1933 and pub. in Mortals and Others, v.2:p.28.)

他の人間よりも優越したいという欲望 -自己の生存よりも敵の絶滅を望む

gca_jolly 核(兵器)の危険は,各国政府が核兵器を保持する間存続しそうな危険(な状態)を,また,もしそのような破壊力のある物体(大量破壊兵器)が個人の手に渡ればもっと長びきそうな危険(な状態)を表していた。最初私は,一般の人々をこうした危険に目ざめさせる仕事は非常に困難な仕事だとは思っていなかった。私は一般の通念と同じように,自己保存の本能は非常に強力なものであって,それが働けば通常他の全てのものを圧倒すると信じていた。一般の人々は,自分の家族や隣人たちやその消息について聞いたことのあるすべての今生きている人たちとともに(核兵器によって)焼かれてしまうという’予想’を好まないだろう,と私は考えた。そして,核の危険を一般に知らせることだけが必要であり,知らせ終えれば,いかなる党派に属する人でも以前の安全を回復するために結束するだろう,と私は考えた。
しかしその考えが間違いだということがわかった。自己保存の本能よりもっと強い本能があるのである。それは他の人間よりも優越したいという欲望である。私は –私自身も見過していたことであるが– しばしば見過されているある重要な政治的事実があることに気がついた。即ち,,人々は自分たち自身が生き残ることを --あるいは,事実はそれどころか人類の生き残ることを 自分の敵を絶滅させることほど心配しない,という事実である。(イラスト出典: Bertrand Russell’s The Good Citizen’s ALphabet, 1953--Jolly – Downfall of our enemies

The nuclear peril represented a danger which was likely to last as long as governments possessed nuclear weapons, and perhaps even longer if such destructive objects get into private hands. At first I imagined that the task of awakentng people to the dangers should not be very difficult. I shared the general belief that the motive of self-preservation is a very powerful one which, when it comes into operation, generally overrides all others. I thought that people would not like the prospect of being fried with their families and their neighbours and every living person that they had heard of. I thought it would only be necessary to make the danger known and that, when this had been done, men of all parties would unite to restore previous safety. I found that this was a mistake. There is a motive which is stronger than self-preservation : it is the desire to get the better of the other fellow. I have discovered an important political fact that is often overlooked, as it had been by me: people do not care so much for their own survival – or, indeed, that of the human race – as for the extermination of their enemies.
出典: The Autobiography of Bertrand Russell, v.3, chap. 4:The Foundation, 1969]
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/AB34-010.HTM

[寸言]
幼児的な我儘な感性しか持ち合わせていない北朝鮮の指導者。キチガイに刃物(核兵器、特に水爆)のあやうさ。そういった権力者に幻想を抱かせてはならないが、だからといって、核兵器を搭載できる戦略爆撃機B52を低空飛行で飛ばして相手に恐怖心を与え、もし北朝鮮が核兵器(水爆は実際は所有しておらず多分原爆のみ)を使うような可能性がある場合には、(核兵器が使われたら大変なので)韓国の国民を守るために核兵器の先制使用も辞さないという態度をとる米国にも違和感を覚える。日本中の都市が米軍のB29爆撃機によって焦土と化した姿を実際に目にした年配の人なら特にそう思うのではないか?

国民にとって不利益な事実(「特定秘密」)もあばくと犯罪とされる

tokuteihimitu_definition その間に、英国政府核戦争が(万一)起こったらどうするかということについて独自の計画を立てていた。その計画がどんなものであるか,その一部について,我々は,「平和のためのスパイ(Spies for Peace)」と自称する組織から知った。この組織は,戦争が勃発したとき実行される政府当局の秘密計画を突き止めることに成功していた。(それによると)英国は多くの地域に分けられ,各地域が独自の政府をもち,各政府が独裁的権力をもち,各政府は事前に手配された官公吏の一団--彼等は地下の地方政府所在地(Regional Seats of Government)と呼ぶところで安全に生活すると想定されている。--から編成されており,我々のうちの’生き残り’をどうするかということを(敵の許しのある限り)決め,特にもし我々が生きていたとしたら原水爆の放射能塵をどう処理するかを決める,ということになっていた。多分そのような方法がとられることになるかもしれないという予想は一般大衆を喜ばせるものではなく,それゆえ秘密は保持されなければならない,と考えられた。 この「平和のためのスパイ」という組織は,この秘密計画の関連文書(注:いわゆる特定秘密文書)を何点か発見しており,それを出版したがっていた。(しかし)彼らは資金をもっていなかった。そこで私に訴えてきた。私は彼らにあげるつもりでで50ポンドを渡した。可能な限り早急にその文書は出版され,オルダーマストン平和行進に参加した人々の間に配布された。
不幸にも(そう私は感じたが),CND(英国における核兵器撤廃運動)の幹部たちは,秘密の手段が平和主義者たちによってとられたことに衝撃を受けた。彼らは,「平和のためのスパイ」が手に入れようとしていた情報(知識)が広まるのを妨げることできることは何でもやった。「平和のためのスパイ」が手に入れた新しい一まとめの文書が,発表されるだろうという思いのもと,平和主義の立場に立つ代表的な新聞の主幹に渡された。しかし彼は,それらの文書を暴露することを怖がり,また発表によって疑いなく罰を受けることを恐れ,その文書を「平和のためのスパイ」のメンバーの母親に送った。そうして,その母親は,警察の捜索を恐れてその文書を燃やしてしまった(注:マスコミの自己規制/つまり、学生の母親に自主的に秘密文書を処分させれば自分たちは罪にならないという思惑)。そのようにして,政府による救助計画及び,生き残ることを許される国民の救助(の内容)について知ろうとした我々の望みは絶たれてしまった。我々の立場を明確にし,平和活動を促進しようとすることに対する手痛い一撃が,よい意味での,また無知でもない平和主義者たちによって加えられたのである。

The British Government, meanwhile, had its own plans for what to do in the event of nuclear war. What these plans were we learned, in part, from an organisation which called itself ‘Spies for Peace‘. This organisation had succeeded in ascertaining the secret plans of Authority to be put into force on the outbreak of war. Britain was to be divided into a number of regions, each with its own government, each with autocratic power, each composed of a pre-arranged corps of officials who were to live in supposed safety in underground ‘Regional Seats of Government’ and decide (so far as the enemy allowed) what was to become of the rest of us, and, in particular, what was to be done about fall-out if and while we remained alive. It was feared that possibly the prospect of such measures might not please the populace, and must therefore be kept secret. ‘Spies for Peace‘ had discovered some of the documents involved, and were anxious to publish them. They had no funds, and appealed to me. I gave them £50 with my blessing. As soon as possible the documents were published, and copies were distributed among the Aldermaston marchers.
Unfortunately (as I felt) the leaders of CND were shocked that secret methods should be employed by pacifists. They did what they could to impede the spread of knowledge which the ‘Spies’ had sought to secure. A fresh batch of documents which they had secured was taken to the editor of a leading pacifist journal under the impression that he would publicise their information. But he, horrified by the disclosures and the retribution their publication would undoubtedly call down, sent the documents to the mother of one of the ‘Spies’ and she, fearing a police raid, burnt them. So died our hope of learning Government plans for governmental salvation and the succour of such members of the public as might be allowed to live. This bitter blow to the clarification of our position and to a great impetus to work for peace was dealt by well-meaning and not unknowledgeable pacifists。
出典: The Autobiography of Bertrand Russell, v.3, chap. 3:Trafalgar Square, 1969]
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/AB33-390.HTM

[寸言]
特定秘密に指定された文書は、-その公開が国民の利益(これこそが「本来の」国益/国家の利益と国民の利益の乖離)となるとしても- 公開すれば犯罪者(それも重大な国家犯罪者)となってしまう。現政権は、最初の憲法改正(お試し改憲)を憲法に緊急事態条項を追加するためという口実でやったら一般国民の抵抗が比較的少なく改憲が実現できるのではないか、と考えているようである。緊急事態条項が盛り込まれれば、国民の私権が制限され、たとえば、敵国と内通する者を見つけ出すという口実で国民多数を監視したり、戦車が一般道を自由に動けるようになったりする。

被害者かつ加害者-両面あるのは人間性だと言って平静を装うのも人間性!?

kosiki-melmaga_20160109 (1961年)8月6日の「ヒロシマ・デー」に,百人委員会2つの集会を開く準備をした。(午前中は)ロンドンの官庁街ホワイトホールにある大戦戦没者記念碑(注:両大戦が対象)に花輪を献げる儀式であり,午後はマーブル・アーチ(Marble Arch: ヴィクトリア女王を記念した大理石の門)で行なわれる演説会であった。前者は厳粛に行われた。我々は広島の原爆(投下)の状況を,一般の人々に,思い起こさせたいと願った。我々はまた英国人の戦没者を追悼すること(注:commemorate 記念する;しのぶ,思い出す)によって,彼らの死を無駄にさせないことが現在生きている者の責務であるということに,一般の注意を喚起できるかもしれないと考えた。我々は午後の演説においてこの見解を支持したいと思った。けれども,(英国人の)多くの人々にとっては,広島や長崎原爆で亡くなった者と第二次犬戦で日本人と戦って亡くなった者とをひとまとめにとり扱うことは冒涜的行為であった。これと同じ考えをもつ人々の多くが,(独立戦争で英国と戦った)ワシントン将軍や(第二次ボーア戦争のとき英国と戦った)スマッツ将軍の銅像が社会的栄誉(公的栄誉)の場所を与えられることに対して反対するかどうかは疑問である。
写真は、市中に氾濫している自民党のポスターの1枚:「一億総活躍社会」の宣伝 目がキラキラしているのが嘘っぽい

On August 6th, ‘Hiroshima Day‘, the Committee of 100 arranged to have two meetings: a ceremony in the meeting of laying a wreath upon the Cenotaph in Whitehall and, in the afternoon, a meeting for speeches to be made at Marble Arch. The former was carried out with dignity. We wished to remind people of the circumstances of the nuclear bomb at Hiroshima. We also thought that, in commemorating the British dead, we might call attention to the fact that it was up to the living to prevent their deaths from going for nothing. We hoped in the afternoon’s speeches to support this point of view. To many people, however, to bracket the deaths at Hiroshima and Nagasaki with the deaths of those who fought the Japanese in the Second War was blasphemous. It is doubtful if many of these same people object to the statue of General Washington or of General Smuts being given places of public honour.
出典: The Autobiography of Bertrand Russell, v.3, chap. 3:Trafalgar Square, 1969]
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/AB33-210.HTM

[寸言]
自分(自国)がやられた場合はいつまでも根に持つが、自分(自国)がやったことはすぐに忘れ、相手(相手国)にはいつまでも根に持たず「未来に目を向けるべきだ」と平気で言う身勝手さ。それが人間性だと開き直るのも人間性!?

「少しでもよいところがあればまったくないよりまし」は常に真「ではない」

on the beach 1959・・・。私はネビル・シュートの『渚にて』を読み,(その後)その映画の試写会に出席した。その映画は,核戦争に(必然的に伴う)恐ろしく,残酷な事実から,即ち,汚染された空気や水や土壌によってひき起こされる病気や苦痛,通信手段のまったくない無政府状態において住民の間に起こりそうな略奪や殺人,また,起こる可能性のあるあらゆる災害や苦しみから,故意に目をそらそうとしていたので,私はがっかりさせられた。その映画は第一次世界大戦中の塹壕戦について時折語られていたところの美化された物語に似ていた。しかもなお,その映画は公開上映され,核戦争の恐怖を小さくみせようとすることなく,現状をはっきりさせようと思う人々から大いに賞賛された。★★★私自身もその映画を見た直後は,少しでもよいところがあればまったくないよりましだという,後に間違っていると思うようになった意見のもと賞賛した事実によって,私は非常に苦しめられた。★★★
その様なことは全て,電撃的な嫌悪感をもたらすべきことについて’ありふれたこと’のような感じをもたせるとともに,そのような嫌悪感が持つ真の価値を剥ぎ取ってしまう,と私は考えるようになった。

In December, 1959, I had read Neville Shute’s On the Beach and I attended a private viewing of its film. I was cast down by the deliberate turning away it displayed from the horrible, harsh facts entailed by nuclear war – the disease and suffering caused by poisoned air and water and soil, the looting and murder likely among a population in anarchy with no means of communication, and all the probable evils and pain. It was like the prettified stories that were sometimes told about trench warfare during the First World War. Yet the film was put out and praised by people who meant to make the situation clear, not to belittle the horror. I was particularly distressed by the fact that I myself had praised the film directly after seeing it in what I came to think the mistaken opinion that a little was better than nothing. All that sort of thing does, I came to think, is to make familiar and rob of its true value what should carry a shock of revulsion.
出典: The Autobiography of Bertrand Russell, v.3, chap. 3:Trafalgar Square, 1969]
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/AB33-130.HTM

[寸言]
核兵器を破壊力の大きな爆弾であり、どんなに大きな被害をもたらしたとしてもその被害は一時的なものであると考えたがる(あるいは考えてきた)権力者たち。放射能の被害をこれまで過小評価してきた。敵国に落とした核兵器であっても、空は世界中につながっていることを考えれば・・・。

シドニー・フックとの論争-「自由」か「死」か?

Sydney-Hook_Bertrand-Russell その頃、私は、シドニー・フック(Sidney Hook, 1902-1989)という名の米国の哲学者と論争を行った。両者とも、この論争において、議論を論理的に進めることは困難だということがわかった。彼はメンシェビキ(注:ロシア社会民主労働党が分裂して形成された、社会主義右派)であり、ロシアが世界を支配するのではないかと恐れるようになっていた。彼はそうなれば非常に恐ろしいと考えたので、それよりもむしろ’人類’は滅んでしまった方がましだと考えた。私は、将来のことはわからないし、’人類’が生きのびれば(いったんロシアが世界を制覇したとしても)過去におけるよりはるかに良くなるかも知れない(可能性がある)という理由から、彼のそうした見方と戦った。
私はチンギス・カン(注:モンゴル帝国初代皇帝、1162?~1227;在位は1206~1227)とクビラィ・カン(注:モンゴル帝国第5第皇帝、元の初代皇帝、1215~1294、在位1260~1294)の時代を例に引いた。両者(の統治期間)のへだたりはわずか一世代(約三十年間)のちがいにすぎなかったが、一方(前者)はまことに恐ろしく、他方(後者)は称賛に価した。けれども彼が引用することの出来た反例も沢山あった。それを考慮すると決定的な結論を下すことは不可能だったけれども、私は、より良い世界へのいかなるチャンスも希望を持ってこそ見出せるのであり、それゆえ、希望を持つ方を選択すべきであると主張した。もちろんこれは論理的な議論とはいえなかったが、大部分の人々がそのように考えることの方が説得力があると思うだろうと私は考えた。数年後、フックは再び公然と私を攻撃した。しかしこの時は、私が何もコメントする必要がないようなし方で攻撃がなされた。けれども、「自由」を防衛し、ヴェトナムに関する私の見解を攻撃するために、彼がその手段として、CIA(米国中央情報局)が資金を提供していたことが後に認められた雑誌(注:New Leader のこと)を選んでいたことがわかり、面白かった。
(ラッセル注:New Leader 誌は、中国に反対する論文を掲載することで蒋介石政府から三千ドル受け取った。同誌はその後、『詐欺の戦略! -世界の共産主義者の戦術に関する研究』という本の出版準備をし、そうして米国政府から、秘密裏に一万二千ドルの支払いを受けた。CIA(米国中央情報局)が米国議会歳出小委員会に、図書出版のための支出額を9万ドルから19万5千ドルに増額することを要求した時、CIAは立法府議員達に対し、その資金は、「CIA自身の活動の明細を述べるための、また「強力な反共主義の内容を有するための」図書’(の出版)に使われることを確言した。『ニューヨーク・タイムズ紙』1964年5月3日付より)

American philosopher named Sidney Hook at this time that was one which both of us found difficult to conduct on logical lines. He was a Menshevic who had become apprehensive of Russia ruling the world. He thought this so dreadful that it would be better the human race should cease to exist. I combated this view on the ground that we do not know the future, which, so long as Man survives, may be immensely better than the past. I instanced the times of Genghiz Khan and Kublai Khan, separated by only a generation, but one horrible, the other admirable. But there were plenty of contrary instances that he could have adduced, in view of which a definite decision was impossible. I maintained, however, that any chance of a better world depended upon hope, and was on this account to be preferred. This was not a logical argument, but I thought that most people would find it convincing. Sevetal years later. Hook again attacked me publicly, but this time in such a marner that no comment from me was necessary. It amused me, however, that for his defence of ‘freedom’ and his attack on my views on Vietnam, he chose as his vehicle a jounal later admitted to be financed by the Central Intelligence Ageney
出典: The Autobiography of Bertrand Russell, v.3 chap. 3: _Trafalgar Square, 1969]
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/AB33-120.HTM

[寸言]
利権を持っている人間や組織から資金や財政的支援を受けて特定の組織(企業、団体、時に政府=政権)を擁護する発言や宣伝をしているのであれば、たとえ自分は御用学者ではない/自分の信念を言っているだけだと言っていても,彼(彼女)は御用学者の一員である。自分が気に入らない者がもらうのは「賄賂」だが、自分がもらうのは「浄財」だと言う自己欺瞞(悪魔に魂を売った・・・)。

共産主義に支配されるよりも人類の絶滅のほうを選ぶと言う人々

Prospects-of-Mankind_1960・・・。もう一つの、失望を抱かせたテレビ関係の出来事は、ルーズヴェルト夫人(米国大統領夫人)、ブースビー卿、ゲイッケル氏(英国労働党党首)と私の4人で、核問題に関して論じあったBBCの番組(注:Prospects of Mankind 視聴: http://russell-j.com/multimedia/br-196009.flv ダウンロードに少し時間がかかります!)であった。ルーズヴェルト夫人は、’共産主義に屈服するよりは人類を破滅させた方がましであり、彼女自身その方を好む’という信条を述べたが、それを聞いて私はぞっとした。私は正確に聞き取らなかったのかもしれないと思いつつスタジオを去った。しかし、翌朝の新聞で彼女の言ったことを読み、彼女が実際にこの危険な見方を述べたという事実に直面せざるを得なかった。

Another disappointing TV occasion was a BBC discussion of nuclear matters by Mrs Roosevelt, Lord Boothby, Mr Gaitskell, and myself. I was horrified to hear Mrs Roosevelt enunciate the belief that it would be better, and that she would prefer, to have the human race destroyed than to have it succumb to Communism. I came away thinking that I could not have heard aright. Upon reading her remarks in the next morning’s papers I had to face that fact that she really had expressed this dangerous view.
出典: The Autobiography of Bertrand Russell, v.3 chap. 3: _Trafalgar Square, 1969]
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/AB33-110.HTM

[寸言]
他人に迷惑をかけないのであればどのような意見を持とうと自由ではあるが、権力者(大統領)の夫人が「共産主義に侵略されるよりも核戦争を選ぶ」などと言うことは認められない。即ち、その人が頭のなかで何を考えようと自由だが、「他の人々を巻き添えで死なせる自由はない」

(核と平和の問題に関する)パグウォッシュ会議開催のための資金調達

PUG1-MEM 問題は、その仕事[核と平和の問題に関する科学者会議(=後にパグウォッシュ会議と呼ばれるようになった会議)の開催のための準備作業]をどのように遂行したらよいか、その様な会議をどこで開催したらよいか、それからとりわけ開催のための財政的裏づけをどうすれば得られるか、ということであった。私は、この会議はいかなる既成の団体の主義・主張にも縛られるべきではなく、完全に中立かつ自立したものであるべきだと確信していた。そして私以外の他の計画立案者も同様に考えた。けれども私たちは、英国では、仮に可能としても、自分から進んでその会議開催のために資金を提供しようとする者は個人にしろ団体にしろ一人も発見できなかった。また、紐つきでない自発的な支援者を見つけることはまったく不可能であった。そのすこし前、私はアメリカ在住のサイラス・イートン(Cyrus Eaton)から、私がなそうとしていることに賛成する温かい手紙を受け取っていた。彼は資金援助を申し出てくれていた。ギリシアの海運界の大立者アリストテレス・オナシス(Aristotle Onassis、1906年-1975年3月15日)もまた、もし会議をモンテ・カルロで開くならば資金援助をすると申し出ていた。サイラス・イートンは、今度は、もしその会議を自分の出生地である(カナダの)ノヴァ・スコシアのパグウォッシュ村で開くという条件で自分の申し出を確約した。彼は以前この会議と性質をまったく異にしているわけではない(→やや似ている)他の異なった種類の会議をそこで何度か開催したことがあった。私たちはイートンの示した条件に同意した。(写真:「第一回パグウォッシュ会議の参加者たち」-ラッセルは病気のため不参加)

The problem was how the work was to be carried out and where such a conference should be held and, above all, how it could be financed. I felt very sure that the conference should not be bound by the tenets of any established body and that it should be entirely neutral and independent; and the other planners thought likewise. But we could find no individual or organisation in England willing, if able, to finance it and certainly none willing to do so with no strings attached. Some time before, I had received a warm letter of approbation for what I was doing from Cyrus Eaton in America. He had offered to help with money. Aristotle Onassis, the Greek shipping magnate, had also offered to help if the conference were to take place at Monte Carlo. Cyrus Eaton now confirmed his offer if the conference were to be held at his birthplace, Pugwash in Nova Scotia. He had held other sorts of conferences there of a not wholly dissimilar character. We agreed to the condition.
出典: The Autobiography of Bertrand Russell, v.3 chap. 2: At home and abroad, 1969]
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/AB32-320.HTM

[寸言]
パグウォッシュ会議は、1995年にノーベル平和賞を受賞した。しかし、ラッセルは米国をベトナム戦争その他で非難していたので、(アインシュタインとともに)パグウォッシュ会議の開催に尽力したラッセルはノーベル平和賞を受賞することはなかった。(因みに、平和運動においてラッセルほどの功績があるわけではない米国人のライナス・ポーリングは、ノーベル化学賞だけでなく、ノーベル平和賞も受賞している。)

共存か、あるいは,全体的破滅(人類の絶滅)か?

TPJ-CNW 核兵器による破壊に対する闘いの比較的初期のその時でさえ,私が既に非常に多様な方法で発言したと感じていた事柄について,新しい表現方法を発見するということはほとんど不可能のように思われた。私の最初の放送原稿は,生気のないものであり,力がまったく入っていないものであった。私は直ちにその原稿を捨て去り,身を引き締め,もし対策(方策)がとられなければ’将来の見通し’はいかに恐ろしいものであるかを精確に述べる決意をした。その結果は,私がそれまでに述べてきたこと全てを精選・洗練したもの(蒸留し余分なものを一切とりさったもの)となった。その新しい原稿には非常にぎっしり詰め込んだため,その問題(核兵器による破壊)について私がそれまでに発言したいかなることも,少なくともそれらのエッセンスは,見つけ出すことができる。
 しかしBBC(英国放送協会)は,それでもなお,私が多くの(BBCラジオ)聴取者を退屈させたりビックリさせたりするのではないかと恐れ,難色を示した。BBCは,その代わりとして,私のぞっとするような予感を相殺してくれる,若くそして陽気なサッカー選手(注:英国では football といえばサッカーのこと)と番組でディベイト(対論)するよう,依頼して来た。これは私にはまったくふまじめな態度だと思われるとともに,BBC当局は私が絶望を感じているものがいったい何であるかまったく理解していないということを明瞭に示していた。私はBBCの申し開きに同意することを拒否した。(そして)とうとう彼らは,私が12月(1954年)に私が単独で放送番組で話すことに同意した。その放送で私は,前述のように,私が人類の運命について抱いている恐れの全てとそのような恐れを抱く理由について述べた。
現在「人類の危機(Man’s Peril)」と呼ばれているその放送を,私は次の言葉で締めくくった。

「もし我々が選ぶならば,我々の前途には,幸福,知識,知恵における絶えざる進歩が横たわっている。我々は,喧嘩が忘れられないからといって,それらの代りに死を選ぶだろうか。私は,人類(同胞である全ての人間)に対し,一人の人間として訴える。「あなたがたの人間性を思い出し,それ以外のことを忘れよう。それができれば,新しい天国への道は開かれている。しかしそれができなければ,未来には全体的破滅(人類の絶滅)以外ないだろう。

Even then, in the relatively early days of the struggle against nuclear destruction, it seemed to me almost impossible to find a fresh way of putting what I had already, I felt, said in so many different ways. My first draft of the broadcast was an anaemic product, pulling all the punches. I threw it away at once, girded myself up and determined to say exactly how dreadful the prospect was unless measures were taken. The result was a distilled version of all that I had said theretofore. It was so tight packed that anything that I have since said on the subject can be found in it at least in essence. But the BBC still made difficulties, fearing that I should bore and frighten many listeners. They asked me to hold a debate, instead, with a young and cheerful footballer who could offset my grim forebodings. This seemed to me utterly frivolous and, showed so clearly that the BBC Authorities understood nothing of what it was all about that I felt desperate. I refused to accede to their pleadings. At last, it was agreed that I should do a broadcast in December by myself. In it, as I have said, I stated all my fears and the reasons for them. The broadcast, now called ‘Man’s Peril’, ended with the following words:

‘There lies before us, if we choose, continual progress in happiness, knowledge, and wisdom. Shall we, instead, choose death, because we cannot forget our quarrels? I appeal, as a human being to human beings: remember your humanity, and forget the rest. If you can do so, the way lies open to a new Paradise; if you cannot, nothing lies before you but universal death.’

出典: The Autobiography of Bertrand Russell, v.3 chap. 2: At home and abroad, 1969]
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/AB32-150.HTM

[寸言]
視聴者の反応(結局は、視聴率)を気にするTV放送局とラッセルが行ったかけひき

BBCNHKに変えてみるとよいかも。
放送コードや時の政権による報道規制を考えれば、テレビ局の首脳は冒険をさけようとする。しかし、冒険的な番組であっても、良い番組であり視聴者の多くの支持があれば、当局の圧力を跳ね返すことができる。しかし、人事権を握っているトップが政権べったりであればそれはほぼ不可能となってしまう。
だからこそ、権力者側(保守体制側/既得権を死守したい支配層)はマスコミを支配下に置こうとする。民放広告収入の関係でコントロールできる。公共放送は、放送法にのっとって「客観的」な報道をするようにと、法律を自分たちの都合のよいように解釈して、圧力をかけることができる民放大株主の力が強く、権力者からの圧力に弱いので、番組の担当者を簡単に変えることができるNHKこそが「最後の砦」なのに、NHKのニュース報道部門(の中の政治担当)は、弱体化しており、「国営」放送になり下がりつつある!? それ以外の部門は、あいかわらず、頼もしい面が多くあるが・・・、残念!

国家主権を重視する大多数の人々は人類絶滅の危険をおかす方を好む

ZU-HSEP2 もし人類が生き残るべきであるならば,科学戦争(注:核及び生物化学兵器などの大量破壊兵器)を引き起こす力を最高位の権威のある国家(supreme State)だけに集中してもたせなければならないだろう。しかしこういった考えは人間精神の習性に相容れないものであるため,現在のところ,大多数の人々は人類絶滅の危険をおかす方を好むだろう。これは現代(我々)の最大の危険である。この危機に臨んで世界政府の樹立が間に合うかどうかは,現代における最大の問題である。
(イラスト B. Russell: Human Society in Ethics and Politics, 1954 より)

If mankind is to survive, the power of making scientific war will have to be concentrated in a supreme State. But this is so contrary to men’s mental habits that, as yet, the great majority would prefer to run the risk of extermination. This is the supreme danger of our age. Whether a World Government will be established in time or not is the supreme question.
出典:he Autobiography of Bertrand Russell, v.3:1944-1969, chap.1: Return to England.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/AB31-210.HTM

[寸言]
To be or not to be, that is the question.

哲学者バートランド・ラッセルの言葉を毎日お届け