現実直視よりも「神話の温かい衣」に包まれていたい・・・

Japan’s Prime Minister Shinzo Abe, center, and his cabinet ministers, escorted by a Shinto priest, arrive at the Grand Shrine of Ise, central Japan, for offering a new year’s prayer Monday, Jan. 5, 2015. Japanese Prime Minister Abe said Monday that his government would express remorse for World War II on the 70th anniversary of its end in August. (AP Photo/Kyodo News) JAPAN OUT, MANDATORY CREDIT

人はなぜ事実を認めたがらないか,またなぜ人は自分たちを神話の温かい衣にくるみたがるか,その理由は,主に恐怖(心)である。しかし,イバラ(のとげ)が温かい衣を引き裂き’冷たい突風が(衣の)裂け目から侵入してくる。そうして,神話の衣の温かさに慣れた人は,最初から冷たい風に対して自己を鍛えてきた人よりも,風の冷たさにずっと苦しむ。さらに,自らを欺いている人びとは,概して,心の奥底ではその事実(自己欺瞞)に気づいており,何か都合の悪い出来事が起きて,歓迎できない事実を認識させられる(せざるを得なくなる)のではないか,と始終懸念(心配)しながら暮らしている

Fear is the principal reason why men are so unwilling to admit facts and so anxious to wrap themselves round in a warm garment of myth. But the thorns tear the warm garment and the cold blasts penetrate through the rents, and the man who has become accustomed to its warmth suffers far more from these blasts than a man who has hardened himself to them from the first. Moreover, those who deceive themselves generally know at bottom that they are doing so, and live in a state of apprehension lest some untoward event should force unwelcome realisations upon them.
出典: The Conquest of Happiness, 1930, chap. 17: Th Happy Man.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/HA28-010.HTM

<寸言>
  政治家も権力を失ったり,失う危険がせまってはじめて悔やむ。利益(経済)第一の企業家や経済人(エコノミスト)や富裕層も,利益追求第一により,社会からたたかれて利益を得られなくなったり,社会に深刻な危害や弊害を与えるようになってはじめて反省する。

幸・不幸の背景や状況と個々人の信条及び感情 - 相互の因果関係は?

 不幸な人は,概して不幸な信条をいだくのに対して,幸福な人幸福な信条をいだく。どちらも,自分の幸福や不幸を自分の信念のせいにするかもしれないが,真の因果関係はその逆である。

The man who is unhappy will, as a rule, adopt an unhappy creed, while the man who is happy will adopt a happy creed; each may attribute his happiness or unhappiness to his beliefs, while the real causation is the other way round.
出典: The Conquest of Happiness, 1930, chap. 17: Th Happy Man.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/HA28-010.HTM

<寸言>
不幸(幸福)な状態・状況にある=客観的な状況・状態 (1)
不幸(幸福)に感じる = 主観的な状態 (2)
(結果として,)不幸(幸福)な信条を抱く (3)

(3)だから(2) ではなく,(2)あるいは(1)だから(3)である。
ただし,気持ちの持ち方ひとつで不幸にも幸福にも,どうにでもなるとまで言っているわけではない。

人生いろいろ(島倉千代子),愛もいろいろ

 自分の目的達成の上で相手から得られた援助(に対する感謝の念)から多くの愛情が芽生えている。野心が主たる熱情である男性においては,自分の出世の支援をしてくれた女性を愛する傾向があり,それゆえ,愛情が自己の利益への本能に根ざす場合は本物の愛情ではないと想定することは,非常に浅はかな心理学であろう。

Men in whom ambition is the leading passion are likely to love women who assist them in their career, and it would be very shallow psychology to suppose that the love is not real because it has its instinctive root in self-interest
出典:Bertrand Russell: Love and Money,Dec. 14th, 1932. In: Mortals and Others, v.1 (1975)
詳細情報:http://russell-j.com/LOV-MONE.HTM

<寸言>
人生いろいろ(島倉千代子),愛もいろいろ。
「この道しかない(これしかない)」を連発する安倍総理は浅はか。

信じるものは救われる?→ (嘘つきを)信じるからこそ裏切られる

 日毎に信じがたくなる事柄を日毎信じようとする努力ほど,疲れるものはないし,長い眼でみれば,苦痛をつのらせるものはない。こうした努力をなくすることは,確実かつ永続的な幸福の不可欠の条件である。

Nothing is more fatiguing nor, in the long run, more exasperating than the daily effort to believe things which daily become more incredible. To be done with this effort is an indispensable condition of secure and lasting happiness.
出典: The Conquest of Happiness, 1930, chap. 16: Effort and Resignation.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/HA27-060.HTM

<寸言>
 国益のために,国民のために,国民の命を守るために,国を富ませるために,このようなポーズまでとっているんですよ、国民の皆さん、私の努力をよく評価してください(安倍マリア)

(◯)自画像を多く持っていたほうがよい- (×)一枚の自画像

 思うに,教養ある男女は皆それぞれ自画像を持っていて,この自画像をスポイルするように思われる何らかの事態が偶然生じると傷つけられるようである。最善の治療法は,一枚の絵(自画像)だけでなく,画廊全体を所有しておき,問題の事件に適切な自画像を選び出すことである。それらの肖像画のなかの何枚かがこっけいなものであると,ますますよい。
Every civilised man or woman has, I suppose, some picture of himself or herself and is annoyed when anything happens that seems to spoil this picture. The best cure is to have not only one picture, but a whole gallery, and to select the one appropriate to the incident in question. If some of the portraits are a trifle laughable, so much the better;…
出典: The Conquest of Happiness, 1930, chap. 16: Effort and Resignation.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/HA27-050.HTM

<寸言>
自分で自分のことが全て見えているわけではない。自分は自画像はひとつだと思っているが,そうではない。自分のことについて他人はいろいろな他画像?を持って,思いがけない指摘を受けると,ビックリし,喜んだり怒ったりする。そういった他人に映った自分の姿は間違っているとはいえず,それらのいくつかを自画像として持っていたほうが,人間の幅ができてよいだろう。

他人(ひと)の振り見て我が振り直せ
One man’s fault is another’s lesson

感情の浪費をする怒りっぽい人

 広範な非個人的(私利私欲のない)希望に注意を集中することで,人は仕事の面での個人的な失敗や不幸な結婚生活のトラブルに耐えられるようになるが,それと同様に非個人的な希望に注意を集中することにより,列車に乗り遅れたり,傘をぬかるみに落としたりしても,我慢することができるようになるであろう。怒りっぽい性質の人の場合,これ以外に彼の性質を治すすべがあるかどうか疑わしい。

The same kind of concentration upon large impersonal hopes which enables a man to bear personal failure in his work, or the troubles of an unhappy marriage, will also make it possible for him to be patient when he misses a train or drops his umbrella, in the mud. If he is of a fretful disposition, I am not sure that anything less than this will cure him.
出典: The Conquest of Happiness, 1930, chap. 16: Effort and Resignation.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/HA27-050.HTM

<寸言>
つまらないことで怒ったり,視野の狭い人が少なくない。若い時はある程度そういった未熟さも許されるが,幅広い興味を持ち,自分でものを考える習慣を若い内に努力をして身に付けることをしないで大人になってしまうと,他人に迷惑をかけるだけでなく、自分の幸福も少なくしてしまう。

諺は対(つい)になって流布し,互いに逆の真理を述べる

 議論において諺を引用する大きな利点は,諺は我々の祖先の典型的な賢明さを具現化したものであるので’反駁が困難なもの’であると(一般に)考えられていることである。諺は正反対の内容を述べる一対の形で流布しているという事実をいったん認識すれば,決して再び諺の力に負かされることはない。単に,その反対の諺を引用するだけでよい

The great advantage of a proverb in argument is that it is supposed to be incontrovertible, as embodying the quintessential sagacity of our ancestors. But when once you have realised that proverbs go in pairs which say opposite things you can never again be downed by a proverb; you merely quote the opposite.
出典:Bertrand Russell: On proverbs,Nov. 16, 1932. In: Mortals and Others, v.1 (1975)
詳細情報:http://russell-j.com/PROVERB.HTM

<寸言>
三人寄れば文珠の知恵 (Two heads are better than one)」の逆は「船頭多くして舟,山に登る (Too many cooks spoil the broth)」。
世界的な学級崩壊のイラストがこの諺にあてはまる。安倍総理はトランプ(番長)に付き従う◯◯か?(◯には適当な熟語をあてはめてください。)

仕事における能率を妨げる感情 ー「人事を尽くして天命を待つ」の精神

 実際的な仕事における能率は,私達がその仕事に注ぎこむ感情(の多少)に比例しない。それどころか,感情は時々能率の妨げとなる。必要なのは,‘人事を尽くして天命を待つ’,という態度である。諦めには二つの種類がある。一つは’絶望’に根ざしており,もう一つは’不屈の希望’に根ざすものである。

Efficiency in a practical task is not proportional to the emotion that we put into it; indeed, emotion is sometimes an obstacle to efficiency. The attitude required is that of doing one’s best while leaving the issue to fate. Resignation is of two sorts, one rooted in despair, the other in unconquerable hope.
出典: The Conquest of Happiness, 1930, chap. 16: Effort and Resignation.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/HA27-040.HTM

<寸言> ★再録
冷静な判断を伴わない精神論や過大な思い入れは,目的を達成する邪魔になることも少なくない。目的に向かって,たんたんと課題を処理したほうがよいということ。

避けられない不幸に時間と感情を浪費しない

 賢い人間--防げる不幸を座視することはしないが--避けられない不幸に時間と感情を浪費することもしないだろう。また、それ自体’避けられる不幸’でさえ、もしそれを避けるために必要な時間と労力が、何らかのより重要な目的の追求の妨げになるようであれば、進んでその不幸を甘受するだろう。

The wise man, though he will not sit down under preventable misfortunes, will not waste time and emotion upon such as are unavoidable, and even such as are in themselves avoidable he will submit to if the time and labour required to avoid them would interfere with the pursuit of some more important object.
出典: The Conquest of Happiness, 1930, chap. 16: Effort and Resignation.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/HA27-040.HTM

<寸言>
 避けられる不幸なのか,避けられない不幸なのか,判断が難しい場合は少なくない。
自力解決を簡単にあきらめるのもよくないが,自分に力がないのを理解せずにむやみにジタバタするのも知恵がない
避けられない不幸だと判断可能な場合,あるいは少なくとも現時点では抵抗できないと思ったら,無駄なエネルギーを使わない方がよいだろう。

権力者によるフェイク・ニュース(偽のニュース),代替の事実

 昔学校で教えられたことは,大部分それ自体は無益なものであったが,正確さを教えるという長所を持っていた。今日の(現代的な)学校で教えられることがらは,それ自体知る価値があるものが多いが,通例,生徒が結局は(よく)理解しない方法で教えられる。その結果,大人たちは正確さを欠いた心的習性を身につけ,悪意のある動機による事実の歪曲に気付かなくなる

Most of what was formerly taught was useless in itself but had the merit of teaching accuracy. What is taught in up-to-date schools is often worth knowing on its own account but is usually taught in such a way that the pupils do not know it at the end. The consequence is that adults have slipshod habits of mind and cease to notice distortions of fact which have a sinister motive.
The modern youth who intends to adopt a profession tends to be idle at school and only to begin hard work when he embarks upon technical training. In law school or medical school he exerts himself to acquire knowledge because it has for him an obvious economic utility.
出典: The decay of intellectual standards (written in Oct. 19, 1932 and pub. in Mortals and Others, v.1, 1975.)]
詳細情報:http://russell-j.com/DECAY-IS.HTM

<寸言> ★再録
米国では,トランプ政権が誕生して以降,fake news(偽のニュース)や alternative facts (代替の事実)という言葉が流行っています。つまり、秘密保護法や国家権力などの強大な力などによって,本当のこと(事実)でないことでも alternative facts (代替の事実)だとして国民に信じさせることができる現状を表した言葉です。
これは,日本も例外ではなく,情報公開の重要性を口では言いながらも、公開請求で開示されるものはほとんど塗りつぶされた「ノリ弁状態」です。プライバシーの保護や秘密保護の必要からそうしていると言いながら,少しでも知られると都合が悪い情報は一切公開されません。欧米では、そのような態度をとれば政権が倒れますが、日本の国民は従順な人が多いらしく,口で少し不満を言うだけの状態です。
日本の教育にも問題がありそうです。
現代人は多くのことを知らねばならず,学校時代に非常に大量の知識を詰め込まれます。しかし,(受験勉強に象徴される)詰め込み教育のおかげで,消化不良の知識を多く身につけ,「正確性に欠けた」「博識だが智恵に乏しい」人間を大量に生み出しています。それによって,「悪意のある動機による事実の歪曲を看破する能力を喪失」するといったゆゆしき事態が生まれているとラッセルは警告しています。