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ラッセル『権力』第10章 権力の源泉としての信条 n.6

 私が(今)問おうとしている疑問は,次のように広義のもの(疑問)ではない。即ち,思想の自由は奨励されるべきかとか,あるいは,少なくとも思想の自由に対して寛大であるべきか,というような疑問ではない。私が問おうとしているのは,次のようなもっと狭義の疑問である。即ち,統一的な信念/信条(注:多くの人が同じ信念を持つこと)は -自発的なものであろうと権力(権威)によって押しつけられたものであろうと- どの程度まで権力の源泉となるであろうか,という疑問であり,また,一方,思想の自由が果してどの程度まで権力の源泉となるか,という疑問である。

 英国の遠征軍が1905年にチベットに侵攻した時チベット人たちは当初勇敢に進軍したが,それはラマ僧たちが彼らに弾丸よけの護符(お守り)(magic charms)を与えていたからであった(注:これは「統一的な信念」の象徴)。にもかかわらず,死傷者(casualities)が続出するや,ラマ僧たちは弾丸の先がニッケルでできていることを(観察によって)見つけ(observed),護符は鉛に対してだけ利き目があると説明した。以後,チベット軍の士気は下がった。クン・ベラ(Kun Bela, 1886-1939:ハンガリーの共産主義者)とクルト・アイスナー(注:Kurt Eisner, 1867-1919:第一次世界大戦直後,ミュンヘン革命の中心人物としてバイエルン自由国の暫定首相に就任)が共産主義革命を起した際,彼らは唯物弁証法が自分たちのために戦ってくれているという自信をもっていた。彼らの失敗が,コミンテルンのラマ僧(に当たる人)によってどのような説明をなされたか,私は忘れてしまった(注:冗談?)。これらの2つの例においては,統一的な信念(一律の信条を多くの人が抱くこと)によって勝利はもたらされなかった。

Chapter X: Creeds as Sources of Power, n.6
The question I am asking is not the broad one: Should freedom of thought be encouraged, or at least tolerated? I am asking a narrower question : To what extent is a uniform creed, whether spontaneous or imposed by authority, a source of power? And to what extent, on the other hand, is freedom of thought a source of power?

When a British military expedition invaded Tibet in 1905, the Tibetans at first advanced boldly, because the Lamas had given them magic charms against bullets. When they nevertheless had casualties, the Lamas observed that the bullets were nickel-pointed, and explained that their charms were only effective against lead. After this, the Tibetan armies showed less valour. When Bela Kun and Kurt Eisner made Communist revolutions, they were confident that Dialectical Materialism was fighting for them. I forget what explanation of their failure was offered by the Lamas of the Comintern. In these two instances, uniformity of creed did not lead to victory.
 出典: Power, 1938.
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ラッセル『権力』第10章 権力の源泉としての信条 n.5

 狂信主義が一時的であっても成功をもたらした事例よりも,災難しかもたらさなかった事例のほうがはるかに多い。たとえ,つかのまにもせよ一応の成功をもたらした場合にくらぺて,その数ははるかに多い。狂信主義は,ティトゥス(注:ローマの皇帝ティトゥス・フラウィウス・ウェスパシアヌス。在位中にベスビオ火山が噴火し、ポンペイが壊滅したほか、ローマが3日間延焼し続ける火事が起こった。)の時代にエルサレムを滅ぼし,また,1453年にコンスタンチノープルを滅ぼした(注:1453年5月29日、オスマン帝国のメフメト2世によって東ローマ帝国の首都コンスタンティノープル(=現在のイスタンブール)が陥落)。コンスタンチノープルが滅ぼされた時には,西方(西ヨーロッパ)は,(キリスト教の)東方教会と西方教会との間のごくささいな教義上の違いのために拒絶されたのである。(また)狂信主義は,スペインの衰退をもたらし,それは,当初は(スペインからの)ユダヤ人とムーア人の駆逐を通して、その後はオランダの叛逆や宗教戦争(注:16~17世紀のヨーロッパで展開されたキリスト教新旧両派の戦争)の長期にわたる疲弊(ひへい)を引き起こすことによって,(スペインの衰退は)もたらされたのである。これとは逆に,近代を通じて最も成功をおさめたのは,異端者の迫害にふけることの最も少なかった諸国家であった。

 それにもかかわらず,現在,原理・原則(教義)上の統一(性)は国力(の維持・増強)において必須であるという信条(信念)が広範に行き渡っている。この見解は,ドイツとロシアにおいてきわめて厳格に保持され、かつ、それに基づいて行動がなされており,その厳しさの程度は少し落ちるが,イタリアと日本においても,同様の状況である。フランスと大英帝国においてファシズムに反対している人々の多くは,思想の自由が軍事上の弱さの源であると認めがちである。従って,この問題を,もう一度,もっと抽象的かつ分析的なやり方で吟味して見よう。

Chapter X: Creeds as Sources of Power, n.5

The cases in which fanaticism has brought nothing but disaster are much more numerous than those in which it has brought even temporary success. It ruined Jerusalem in the time of Titus, and Constantinople in 1453, when the West was rebuffed on account of the minute doctrinal differences between the Eastern and Western Churches. It brought about the decay of Spain, first through the expulsion of the Jews and Moors, and then by causing rebellion in the Netherlands and the long exhaustion of the Wars of Religion. On the other hand, the most successful nations, throughout modern times, have been those least addicted to the persecution of heretics.
Nevertheless, there is now a wide-spread belief that doctrinal uniformity is essential to national strength. This view is held and acted upon, with the utmost rigour, in Germany and Russia, and with slightly less severity in Italy and Japan. Many opponents of Fascism in France and Great Britain are inclined to concede that freedom of thought is a source of military weakness. Let us therefore examine this question once more, in a more abstract and analytic fashion.
 出典: Power, 1938.
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ラッセル『権力』第10章 権力の源泉としての信条 n.4

 狂信主義が一見成功したように見えるもう一つの事例は(apparent success),クロムウェルの下の独立派(注:英国の清教徒革命の中心勢力となった宗教的・政治的一派で,クロムウェルの護国卿政権を生んだ。)の勝利である。しかし,クロムウェルの業績に狂信主義がどの程度関係していたかについては疑問の余地がある。国王との争いにおいて英国議会が勝利したのは,主として議会がロンドンと東部諸州をおさえていたからである。英国議会の人的能力も経済的資源も,ともに国王のものよりもはるかに優っていた。長老派(注:英国の改革派教会の一派の別名)の人々は -革命が起こった時の穏健派(の人々)が常にそうであるように- 次第にわきに押しのけられていったのは,彼らが心から(議会派の)勝利を望んでいなかったからである。クロムウェル自身は権力を握ると,彼は困難な状況下で最大限の努力をしたいと思う(注:to make the best of 最善を尽す)実際的な政治家であることがわかった。しかし,彼は自分に従う者達の狂信主義を無視することができず,彼ら(クロムウェルに従う者たち)は非常に評判が悪く、ついにはクロムエル派の完全な没落へと導いた。(従って)長い目で見れば,狂信主義は,英国の独立派の人々に対して,彼らの先任者であるミュンスター(注:16世紀のドイツ西部プロシアの都> )の再洗礼派(注:狂信的神秘派)に対してよりも,より多くの成功をもたらしたと,言うことはできない。

 規模はもっと大きいが,フランス市民革命の歴史は,イングランド共和国(注:1649年のチャールズ一世の死刑執行後から1660年の王政復古までの間に行われた共和政体)の歴史と類似している。(即ち)そこには狂信主義があり,(狂信主義の)勝利があり,専制政治があり,(専制政治の)崩壊があり,反動があった。狂信主義に最も好意的なこの二つの実例においてさえ,狂信主義者の成功は短命であった(ことがわかる)。

Another case of the apparent success of fanaticism is the victory of the Independents under Cromwell. But it may be questioned how much fanaticism had to do with Cromwell’s achievements. In the contest with the King, Parliament won mainly because it held London and the Eastern Counties; both its man-power and its economic resources far exceeded those of the King. The Presbyterians — as always happens with the moderates in a revolution — were gradually thrust aside because they did not wholeheartedly desire victory. Cromwell himself, when he had achieved power, turned out to be a practical politician, anxious to make the best of a difficult situation; but he could not ignore the fanaticism of his followers, which was so unpopular as to lead, in the end, to the complete downfall of his party. It cannot be said that, in the long run, fanaticism did anything more to bring success to the English Independents than to their predecessors the Anabaptists of Munster.
On a larger scale, the history of the French Revolution is analogous to that of the Commonwealth in England : fanaticism, victory, despotism, collapse, and reaction. Even in these two most favourable instances, the success of the fanatics was short-lived.
 出典: Power, 1938.
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ラッセル『権力-その歴史と心理』第10章 権力の源泉としての信条 n.3

 瞬く間に -(イスラム教以外の)他の偉大な宗教(注:キリスト教や仏教など)の初期の頃よりも速やかに- 狂信主義は,政治(統治)からその王座を追われた(狂信的要素は取り除かれた)。預言者ムハンマドの義理の息子のアリは,一部信者の間に(ムハンマド時代の)初期の熱情を燃やし続けさせることができたが,しかし,内乱に敗れて,最後には暗殺された。彼の後を継いでカリフの地位(注:ムハンマドの後継者として、全イスラム教徒を統率した教主兼国王の呼称)についたのは,オンミア家(の人々)であったが,彼ら(同家の人々)はムハンマドの最も激しい敵対者であり,ムハンマドの宗教(注:イスラム教)に対しては,決して政治上の同意以上のものは与えなかった。

 「ムハンマドを迫害した者たち(注:オンミア家の人々)は,ムハンマドの子供たちが受けついだ遺産を奪った。そうして,偶像崇拝の擁護者たちが,ムハンマドの宗教と帝国の最高の首長となった。アブー・スフヤーン(注:Abu Spphian 新しいカリフのムア・ウィヤーの父のムハンマド)の反対は,(以前から)はげしくかつ頑固であった。(従って)彼の(イスラム教への)改宗はゆっくりかつ不承不承であった。彼の新しい信仰(イスラム教の信仰)も,必要性と利害によって固められたものであった。彼は(宗教の)勤めをし,戦い、恐らくイスラム教を信じたかも知れない。そうして,かつての無知であった時代の罪も,オンミア家の人々の最近の功績(merits 複数形!)によって償われた(のであった)。」(ギボン『同書』第50章参照)。

 このとき以来,長い間,カリフの地位は,自由思想をもった寛大さによって際立ったものとなったのに対し,キリスト教徒は依然として狂信的なままであった。最初から(当初から),イスラム教徒は,征服したキリスト教徒の取扱いにおいて寛大な態度を示した。そうして,このような寛大さはカリトック教会の迫害したいという熱意と著しい対照をなしており,彼ら(イスラム教徒たち)の征服の容易さと彼らの帝国の安定(性)は、主として、(彼らの)この寛大さのおかげなのである。

Chapter X: Creeds as Sources of Power, n.3

Very soon — sooner than in the beginning of any other great religion– fanaticism was dethroned from the government. Ali, the Prophet’s son-in-law, kept alive the original enthusiasm among a section of the faithful, but he was defeated in civil war, and finally assassinated. He was succeeded in the Caliphate by the family of Ommiyah, who had been Mohammed’s bitterest opponents, and had never yielded more than a political assent to his religion.

“The persecutors of Mahomet usurped the inheritance of his children ; and the champions of idolatry became the supreme heads of his religion and empire. The opposition of Abu Sophian (note: Father of the new Caliph Moawiyah (= Muawiyah)) had been fierce and obstinate ; his conversion was tardy and reluctant; his new faith was fortified by necessity and interest ; he served, he fought, perhaps he believed; and the sins of the time of ignorance were expiated by the recent merits of the family of Ommiyah” (Gibbon, ibid).

From that moment onwards, for a long time, the Caliphate was distinguished by free-thinking latitudinarianism, while the Christians remained fanatical. From the first, the Mohammedans showed themselves tolerant in their dealings with conquered Christians, and to this toleration — which was in strong contrast to the persecuting zeal of the Catholic Church — the ease of their conquest and the stability of their Empire were mainly due.
 出典: Power, 1938.
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ラッセル『権力-その歴史と心理』第10章 権力の源泉としての信条 n.2

 狂信主義による権力(獲得)の古典的な例は,イスラム教(回教)の勃興である。ムハンマド(マホメット)はアラブ人(アラブ民族)の知識や物的資源に(新たなものを)まったく付け加えなかったが,それにもかかわらず,アラブ人たちは,ムハンマドの死後数年立たない内に,最も強力な近隣諸国を打ち負かし,大きな帝国を獲得した(イスラム帝国を築いた)。予言者(ムハンマド)が創始した宗教(注:イスラム教)が,彼の国家(イスラム国家)の成功の(ための)必須の要素をなしていたことは,疑いを入れない。(そうして)ムハンマド臨終の際に(きわに),ビザンチン帝国に対し宣戦布告をした。
「イスラム教徒たち(Moslems)は弱気だった。彼らは,金の不足や,馬の不足や,食糧の不足を主張した。(また)農繁期の忙しさや夏の堪えがたい暑さ訴えた。(これに対し)怒れる予言者ムハンマドは,『地獄の暑さはもっとずっと暑いぞ!』と言った。ムハンマドはイスラム教徒たちの服務を強要することを潔しとしなかったが,しかし帰国するや,最も罪の深い者に五十日間の閉門(注: excommunication は,キリスト教では「破門」)を言い渡して,これに戒告を与えた(admonished 忠告した)。」(ギボン『ローマ帝国衰亡史』第50章)

 狂信主義は,ムハンマドが生きていた時代及び死後数年間は,アラブ人たち(国民)を団結させ戦闘における自信を与え,不信心者(注:イスラム教を信じない者や異教徒)と戦って死んだ者に対しては必ず天国に行けるとの約束によって,勇気を促進した(のである)。

 しかし,狂信主義はアラブ人の当初のいろいろな試みを鼓舞したけれども,彼らの勝利の期間を長くしたのは,他の諸原因からであった(のせいであった)。ビザンチン帝国もペルシャ帝国も,長期間に渡る,勝敗が定まらない戦争のために,ともに弱体化した。また,ローマの軍隊は,(イスラムの)騎兵隊に対しては,終始,弱かった。(これに対して),アラブの騎兵たちは,信じられないくらい機動性があり,彼らよりももっと贅沢な隣人(,ペルシャ人やローマ人)が耐えられないような艱難辛苦に慣れていた。これらの諸事情(諸状況)は、イスラム教徒の成功には欠くべからざるものであった(のである)。

Chapter X: Creeds as Sources of Power, n.2

The classic example of power through fanaticism is the rise of Islam. Mohammed added nothing to the knowledge or to the material resources of the Arabs, and yet, within a few years of his death, they had acquired a large empire by defeating their most powerful neighbours. Undoubtedly, the religion founded by the Prophet was an essential element in the success of his nation. At the very end of his life, he declared war on the Byzantine Empire. “The Moslems were discouraged : they alleged the want of money, or horses, or provisions: the season of harvest, and the intolerable heat of the summer: ‘Hell is much hotter,’ said the indignant prophet. He disdained to compel their service; but on his return he admonished the most guilty, by an excommunication of fifty days” (Gibbon, Chap. L).

Fanaticism, while Mohammed lived, and for a few years after his death, united the Arab nation, gave it confidence in battle, and promoted courage by the promise of Paradise to those who fell fighting the infidel.

But although fanaticism inspired the first attempts of the Arabs, it was to other causes that they owed their prolonged career of victory. The Byzantine and Persian Empires were both weakened by long and indecisive wars; and Roman armies, at all times, were weak against cavalry. The Arab horsemen were incredibly mobile, and were inured to hardships which their more luxurious neighbours found intolerable. These circumstances were essential to the first successes of the Muslim.
 出典: Power, 1938.
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ラッセル『権力-その歴史と心理』第10章 権力の源泉としての信条 n.1

 一つの社会(共同体)のもつ権力は、その社会の構成員の数や経済的資源や技術的能力(技術力)に依存するだけでなく、その社会(共同体)のもつ信条にも依存する狂信的な信条は -社会の全構成員がその信条を抱くようになると- その社会の権力をしばしば非常に増大させる。けれども、時折,減ずる場合もある。(今日)狂信的な信条は十九世紀よりもずっと流行しているので、信条が権力に及ぼす影響の問題は、実際上、きわめて重要(な問題の一つ)である。民主主義に反対する議論の一つは、狂信者が団結した国家(注:a nation 国民国家)のほうが、大部分が平静な人たちで成っている国家よりも成功(勝利)の機会が多いという議論である。この議論を歴史の光に照して吟味してみよう。

 第一に、狂信主義が成功に導いた事例のほうが、当然のこと(であるが),失敗に導いた事例よりもよく(=多く)知られているということに(を)気づくべきである(注:It should be observed that ~ことを観察すべき)。失敗の事例は、(成功の事例と比べて)比較的人目につかないからである。従って(Thus)、性急な概観(及び査定)は誤りを犯しがちである。しかし,我々がそのような間違いの要因(原因)の可能性にさえ注意していれば、これを避けることはそれほど困難なことではない。 

Chapter X: Creeds as Sources of Power, n.1

The power of a community depends not only upon its numbers and its economic resources and its technical capacity, but also upon its beliefs. A fanatical creed, held by all the members of a community, often greatly increases its power; sometimes, however, it diminishes it. As fanatical creeds are much more in the fashion than they were during the nineteenth century, the question of their effect on power is one of great practical importance. One of the arguments against democracy is that a nation of united fanatics has more chance of success in war than a nation containing a large proportion of sane men. Let us examine this argument in the light of history.

It should be observed, to begin with, that the cases in which fanaticism has led to success are naturally better known than those in which it has led to failure, since the cases of failure have remained comparatively obscure. Thus a too rapid survey is apt to be misleading; but if we are aware of this possible source of error, it is not difficult to avoid.
 出典: Power, 1938.
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ラッセル『権力-その歴史と心理』第9章 世論に対する影響力 n.12

 宣伝の問題における組織化と統合化の効果(影響)は,他の問題においてと同様,革命を遅らせることであり,革命が起こればその革命を一そう烈しいものにすることである(注:革命を阻止する組織的宣伝は,革命を起こそうとする人たちの抵抗を増大させるとともに,革命後には反革命をつぶす力になる,ということ)。たった一つの教え(doctrine 原理原則)しか公式に認められてない場合には,人々がそれ以外の教えについて考えたり,比較検討したりする習慣をまったく持たない(持たなくなる)。(そうして)情熱的な反逆の大波のみが,そのような正統説(orthodoxy 通説)を王座から追い払うことができる。このような反対(敵対)を心からのものかつ激しいものにして成功をおさめるためには,政府の考え(注:governmental dogma 政府によって公認された考え)のうちの真実なもの(正しいもの)さえも否定する必要があると思われるであろう。否定されない唯一のことは,直ちに何らかの正説を打ち樹てることの重要性であろう。それこそ,勝利するには必要なことだと考えられるだろうからである。従って,合理主義の見地から言えば,全体主義国家における革命の可能性は,必ずしも喜ぶべき理由にはならない。もっと望ましいことは,安心安全の感覚がしだいに増し,それが熱意の減少を導き,怠惰であることへの除幕(開始)を与えることである。これこそ,全体主義国家の統治者(支配者)における最大の長所(美徳)である。ただし,唯一の例外として,全体主義国家が存在しないということを除いてであるが(注:with the sole exception of non-existence. 全体主義国家がないのが一番よいが、全体主義国家が存在するという前提においては、~ということが全体主義国家の統治者の最大の長所である、と言ったニュアンスか?)。

Chapter IX: Power Over Opinion, n.12

The effect of organization and unification, in the matter of propaganda as in other matters, is to delay revolution, but to make it more violent when it comes. When only one doctrine is officially allowed, men get no practice in thinking or in weighing alternatives ; only a great wave of passionate revolt can dethrone orthodoxy; and in order to make the opposition sufficiently whole-hearted and violent to achieve success, it will seem necessary to deny even what was true in governmental dogma. The only thing that will not be denied will be the importance of immediately establishing some orthodoxy, since this will be considered necessary for victory. From a rationalist standpoint, therefore, the likelihood of revolution in a totalitarian State is not necessarily a ground for rejoicing. What is more to be desired is a gradual increase in the sense of security, leading to a lessening of zeal, and giving an opening for laziness-the greatest of all virtues in the ruler of a totalitarian State, with the sole exception of non-existence.
 出典: Power, 1938.
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ラッセル『権力-その歴史と心理』第9章 世論に対する影響力 n.10

◆うっかりして一段落飛ばしてしまいました。(n.10を挿入します。)◆

 大規模な組織的宣伝(の主体)は,現在のところ,民主主義諸国においては,教会,ビジネス広告業者,政党,財閥(the plutocracy),及び国家とに類別される。概して,これらの諸勢力(forces)は,対立関係にある政党を除いて,全て同一の側に作用する(働く)。そうして、敵対する政党でさえ,政権担当の望みがある限り(注:if they have any hope of office,国家による宣伝の基本(的な部分)には反対しそうにない。全体主義諸国においては,国家が事実上ただ一つの宣伝体である。
 しかし,現代の宣伝力(の強力さ)にもかかわらず,私は,敗戦の暁に(in the event of ),政府の見解(official view)が一般(国民)に広く受けいれるだろうとは信じない。そのような状況は(になれば),突如として,国家主義的な感情と対立する外国政府に従属しているという一種の無力感を政府に与える(注:みすず書房版の訳書で,東宮氏は「nationalist feeling」を国民感情と訳している)。好戦的熱情を刺激するため使われてきた勝利の予想(や期待)が大きければ大きいほど,勝利を得ることはできないとわかったときの反動はますます大きなものとなるであろう。従って,次に来たるべき戦争も,この前の戦争(第一次大戦)と同じように,革命の勃発となって終わるであろうし(注:1914年に第一次世界大戦が起こり、その後、1917年にロシア革命が勃発)、それは(新しく起こる革命は),来たるべき戦争は第一次大戦よりもずっと破壊的なものとなるであろうことから,1917年と1918年の時の革命よりもずっと烈しいものになるであろうと予想される。統治者は,暴徒によって殺害される危険を犯すことになるということを予想すべきである。そのような危険は,兵士たちが敵の手にかかって殺害される危険を犯すのと少なくとも同じくらい大きな危険であるといわねばならない。

Chapter IX: Power Over Opinion, n.10

Systematic propaganda, on a large scale, is at present, in democratic countries, divided between the Churches, business advertisers, political parties, the plutocracy, and the State. In the main, all these forces work on the same side, with the exception of political parties in opposition, and even they, if they have any hope of office, are unlikely to oppose the fundamentals of State propaganda. In the totalitarian countries, the State is virtually the sole propagandist. But in spite of all the power of modern propaganda, I do not believe that the official view would be widely accepted in the event of defeat in war. This situation suddenly gives to a government the kind of impotence that belongs to alien governments opposed by nationalist feeling ; and the more the expectation of victory has been used to stimulate warlike ardour, the greater will be the reaction when it is found that victory is unobtainable. It is therefore to be expected that the next war, like the last, will end with a crop of revolution, which will be more fierce than those of 1917 and 1918 because the war will have been more destructive, It is to be hoped that rulers realize the risk they will run of being put to death by the mob, which is at least as great as the risk that soldiers will run of death at the hands of the enemy
 出典: Power, 1938.
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ラッセル『権力-その歴史と心理』第9章 世論に対する影響力 n.11

 官製宣伝(公的な宣伝)の力を過大評価することは -特に(官製宣伝に対 する)競争(相手)がまったくない場合は- 容易である。官製宣伝が,時が (時間)がたてば官製宣伝の虚偽を明らかにするであろう誤った命題を信じさ せようと専心する限り,官製宣伝は,ガリレオに反対したアリストテレス学派 の人たちのような,悪しき立場に立つ(ことになる)。2つの対立する国家集団があり,どちら側も戦争での勝利の確実性を(国民に)教え込もうと努力し ていると仮定すると,両側ではないとしても,一方の側は,必ず(政府の)公
式声明に対するめざましい反論(論駁)を経験するに違いない。反対の宣伝が全て禁止されているところでは,統治者は,自分たちはいかなることでも(国民に)信じさせることができると考えがちであり,そうすることによって,彼 ら(統治者たち)は,傲慢(over-weening)にも,軽率にもなる。虚言は(が /も),その勢いを保持しようとするのであれば,競争(対抗するもの)が必要である。
 世論に影響を与える力(権力)は,他のすべての形式の権力と同様に,合同し集中化する傾向があり,そうして,論理的には,国家の独占へと導いていく傾向がある。しかし,戦争(の場合)は別として,国家が宣伝を独占すれば,政府は不死身(invulnerable 難攻不落)になるに違いないと仮定するのは早計であろう。結局,権力を掌握した者は,普通一般の人々の利益に対してあまりにもひどく無関心になりそうである。それはルーテル時代の(歴代の)教皇たちの民衆に対する無関心さと同様である。遅かれ早かれ(早晩),二番目のルーテルが国家の権威(権力)に挑むことになり,彼の先行者と同様に急速な成功を納め,彼を抑えることは不可能になるであろう。このようなことは,統治者(支配者)たちが起こるはずがないと信じているからこそ必ず起こるであろう。しかし,そのためにおこる変化が改善に向かうかどうかを予見することは不可能である。

Chapter IX: Power Over Opinion, n.11

It is easy to overestimate the power of official propaganda, especially when there is no competition. In so far as it devotes itself to causing belief in false propositions of which time will prove the falsity, it is in as bad a position as the Aristotelians in their opposition to Galileo. Given two opposing groups of States, each of which endeavours to instil the certainty of victory in war,
one side, if not both, must experience a dramatic refutation of official statements. When all opposing propaganda is forbidden, rulers are likely to think that they can cause anything to be believed, and
so to become over-weening and careless. Lies need competition if they are to retain their vigour.

Power over opinion, like all other forms of power, tends to coalescence and concentration, leading logically to a State monopoly.
But even apart from war it would be rash to assume that a State monopoly of propaganda must make a government invulnerable. In the long run, those who possess the power are likely to become too flagrantly indifferent to the interests of the common man, as the Popes were in the time of Luther. Sooner or later, some new Luther will challenge the authority of the State, and, like his predecessor, be so quickly successful that it will be impossible to suppress him.
This will happen because the rulers will believe that it cannot happen. But whether the change will be for the better it is impossible to foresee.
 出典: Power, 1938.
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ラッセル『権力-その歴史と心理』第9章 世論に対する影響力 n.9

 私は宣伝(人々の)欲求に訴えかけなければならないと述べたが,このことは,国家宣伝が国民感情と対立した場合に失敗することによって,多分,確証されるであろう。それは(実際),第一次大戦前のオーストリア=ハンガリー(帝国)の大部分や,1922年以前のアイルランドや,現在に至るまでのインドにおいて確認されている。宣伝は,その宣伝対象の人物(patient 対象患者)の何物かと調和した場合にのみ成功する。たとえば,不滅の魂に対する欲求健康に対する欲求自国の偉大さに対する欲求、その他いろいろ、と調和しなくてはいけない。そのような基本的な(重要な)理由がまったくない場合には,権威(権力者)の主張は,冷笑的な懐疑の眼で見られるだけである。政府の観点からみた場合の民主主義の長所の一つは,民主主義は政府が一般市民を騙し易くしてくれることである。その理由は,一般市民は民主主義(的な)政府を「自分(たち)の」政府(注:押し付けられた政府ではなく自分たちが選んだ政府)と考えるからである。迅速に良い結果が出ない戦争に対する反対(の感情)は,いかなる政治体制(constitution)下においてよりも民主主義体制下においては,生じるのがずっと遅い。民主主義国においては,大多数の人々が政府に背を向けるのは,自分たちの選んだ指導者(たち)を今までよく思ってきたのは間違っていたということを自認した時のみであり,そのようなことは(大多数の人々にとって)困難なことであり不愉快なことである(注:自分の間違いをできるだけ認めたくないという気持ち)。

Chapter IX: Power Over Opinion, n.9

I said that propaganda must appeal to desire, and this may be confirmed by the failure of State propaganda when opposed to national feeling, as in large parts of Austria-Hungary before the War, in Ireland until 1922, and in India down to the present time. Propaganda is only successful when it is in harmony with something in the patient: his desire for an immortal soul, for health, for the greatness of his nation, or what not. Where there is no such fundamental reason for acquiescence, the assertions of authority are viewed with cynical scepticism. One of the advantages of democracy, from the governmental point of view, is that it makes the average citizen easier to deceive, since he regards the government as his government. Opposition to a war which is not swiftly successful arises much less readily in a democracy than under any other form of constitution. In a democracy, a majority can only turn against the government by first admitting to themselves that they were mistaken in formerly thinking well of their chosen leaders, which is difficult and unpleasant.
 出典: Power, 1938.
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