ラッセル『結婚論』第十一章 売春 n.6

『結婚論』第十一章 売春 n.6

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◆下記の文章の中の「一部の権威者によると,日本人には,梅毒の免疫性が幾分あるという」という,ラッセルが「伝聞として」述べていることは無視したほうがよさそうです。当時の英国の公衆衛生学の権威?あるいは日本の社会や文化に詳しい学者が述べたことを,あまり疑いなく信じてしまったのかも知れません。
人種によって病気に対する抵抗力が異なることは事実としても、「日本人には,梅毒の免疫性が★幾分★あるという」というのは事実ではないだろうと思われます。
本書は1929年に出されていますが,まさに1929年に世界大恐慌が発生し特に日本の東北地方は次の記事のように厳しい状況に陥っています。

<娘身売りの時代>
世界恐慌(1929年=昭和4年)のあおりで,輸出品だった東北の生糸の値が3分の1,コメも半値に暴落。重い小作料にあえぐ農村の娘身売りが急増した。「青森県農地改革史」によると,特に大凶作があった1934年、農家一戸平均500円以上の借金を抱える町村が百を超え、「芸娼妓(げいしょうぎ)に売られた者は累計7083人に達した」。山形県内のある女子児童は「お母さんとお父さんは毎日夜になるとどうして暮らそうかといっております。私がとこにはいるとそのことばかり心配で眠れないのです」と書いた。 http://www.asyura2.com/0601/ishihara10/msg/470.html
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現在存在しているような売春は,明らかに,望ましくない種類の生活(の仕方)である。病気の危険それだけでも,売春は,白煙(whie lead 塩基性炭酸塩のこと/白色顔料として使用される。)を使う仕事(労働)のように危険な商売(職業)になる。しかし,そのことを別にしても,その生活は,人間の士気をそぐ(生活を堕落させる)ものである。その生活は怠惰なものであり,過度な飲酒になりやすい。その生活には,売春婦(娼婦)が一般に(世間から)軽蔑され,多分,客からでさえ悪く思われるという,重大な欠点(drawback 不利益)がある。売春は,本能に反する生活である。 修道女(nun)の生活とほとんど同じくらい本能に反する生活である。以上のような理由で,キリスト教国に存在している売春は,はなはだ望ましくない職業である(と考える)。

日本では,見たところ,事情はまるで違っているようである。売春は,(一つの)職業として認められ,尊重されており,親に言われて(頼まれて)この道を選ぶことさえある(at the instance of 依頼されて)。売春は,嫁入りのための持参金(結婚資金)をかせぐ手段(method of earning a marriage dowry)でさえある場合もめずらしくない。一部の権威者によると,日本人には,梅毒の免疫性幾分あるという。その結果,日本における売春婦の職業には,道徳が一段と厳格なところでのような暗さ(汚らわしいさ)がない。売春がどうしても存続しなければならないのであれば,ヨーロッパで見慣れているものよりも,日本的な形式で存在するほうがよいことは,明らかである。どこにおいても,道徳の基準が厳格であればあるほど,売春婦(娼婦)の生活はいよいよ堕落していく(ひどいものになっていく)ことは,明白である。

Prostitution as it exists at present is obviously an undesirable kind of life. The risk of disease in itself renders prostitution a dangerous trade like working in white lead, but apart from that the life is a demoralizing one. It is idle, and tends to excessive drinking. It has the grave drawback that the prostitute is generally despised, and is probably thought ill of even by her clients. It is a life against instinct – quite as much against instinct as the life of a nun. For all these reasons prostitution, as it exists in Christian countries, is an extraordinarily undesirable career.
In Japan, apparently, the matter is quite otherwise. Prostitution is recognized and respected as a career, and is even adopted at the instance of parents. It is even a not uncommon method of earning a marriage dowry. According to some authorities, the Japanese have a partial immunity from syphilis. Accordingly the career of a prostitute in Japan has not the sordidness that it has where morality is more stern. Clearly, if prostitution must survive, it is better that it should exist in the Japanese form than in that to which we are accustomed in Europe. It is obvious that the more strict the standard of morality in any country, the more degradation will attach to the life of a prostitute.
ラッセル『結婚論』第十一章 売春 n.6:
出典: Marriage and Morals, 1929.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/MM11-060.HTM