「原罪」の概念(観念)は人間の加虐趣味にはけ口や口実を与える

 キリスト教倫理に結びついている原罪の概念(観念)は,驚くべき量の害悪をなすものである。なぜなら,原罪の概念(注:人間は罪を背負って生まれてくるという考え方) は,人々に,自分たちは正当であり,高邁であるとさえ信じるところの,彼らの加虐趣味(サディズム)のためのはけ口を与えるからである。たとえば,梅毒の予防の問題を取り上げてみよう。前もって用心さえすれば,この病気に感染する危険は無視できるほどのものにすることができることが知られている。しかし,キリスト教徒はこの事実についての知識の普及に反対している,なぜなら,彼らは罪人(注:たとえば,婚外性交をするような者)が罰せられることは善いことだと考えるからである。彼らは罪人を罰することは非常に善いことだと思いこんでいるために,その罰が罪人の妻や子供に及ぶことを望むことさえ望んでいるのである(注:このエッセイを執筆した1930年頃の状況を言っています。)。現在この世には,もしキリスト教徒が罪人は罰せられるべきであるとの欲求を持っていなければ,決して生まれなかったであろう,先天的に梅毒にかかっている何千という子供がいるのである。このような我々を悪魔的な残酷さに導く教義が,どうして道徳に良い影響を与えるなどと考えることができるのか,私には理解できない。

The conception of Sin which is bound up with Christian ethics is one that does an extraordinary amount of harm, since it affords people an outlet for their sadism which they believe to be legitimate, and even noble. Take, for example, the question of the prevention of syphilis. It is known that, by precautions taken in advance, the danger of contracting this disease can be made negligible. Christians, however, object to the dissemination of knowledge of this fact, since they hold it good that sinners should be punished. They hold this so good that they are even willing that punishment should extend to the wives and children of sinners. There are in the world at the present moment many thousands of children suffering from congenital syphilis who would never have been born but for the desire of Christians to see sinners punished. I cannot understand how doctrines leading us to this fiendish cruelty can be considered to have any good effects upon morals.
出典:Has Religion Made Useful Contributions to Civilization? 1930
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/0466HRMUC-030.HTM

<寸言>
加虐の対象が自分に向かえば自虐となる。加虐も自虐もどちらもさけるべき害悪であり,そのような感情を抱いた場合はよくよくその原因を考える必要がある。