理性や知性に対する嫌悪 -(骨の折れる思考を避けて)情熱と陶酔を求める心

aikoku-onna_seijikatachi 現代において世間一般にゆきわたっている理性に対する嫌悪は、大部分、理性の働きについて、十分かつ根本的に理解されていないためである。自己分裂している人間は、興奮と気晴らしを追い求める。彼は、強い情熱を好むが、それには十分な理由があるわけではなく、しばらくの間、その情熱が我を忘れさせ、骨の折れる思考の必要性から遠ざけてくれるからである。彼にとって、いかなる情熱も陶酔の形となり、根本的な幸福などは想像できないので、彼には、苦痛からの救いはすべて陶酔の形でしか可能でないように思われる。
出典:ラッセル『幸福論』第7章「罪の意識」
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/HA17-100.HTM

The hatred of reason which is common in our time is very largely due to the fact that the operations of reason are not conceived in a sufficiently fundamental way. The man divided against himself looks for excitement and distraction; he loves strong passions, not for sound reasons, but because for the moment they take him outside himself and prevent the painful necessity of thought. Any passion is to him a form of intoxication, and since he cannot conceive of fundamental happiness, all relief from pain appears to him solely possible in the form of intoxication.

[寸言]
常に強い刺激や興奮を求める人は,反省してみたほうがよいというラッセルの指摘。

スポーツに対する興奮であればだいたい無害でしょうが,スポーツに利権が関係してくる場合には,プラス面よりもマイナス面が多い場合が多く,要注意です。

olimpic-shoghosyugi オリンピックは様々な感動を産みますが、その興奮の下、いろいろな悪事が気が付かれずにいろいろ行われていきます。国民はオリンピックに夢中になりますので、政権にスキャンダルがあっても,普段なら内閣がつぶれるような事態でも「軽症」ですますことができます。 感動を生むことは「ビジネス」となり、オリンピック成功のためにということで、いろいろなことがスルーパスされる危険性が増大します。

しかし、たとえば、2020年の東京オリンピック前に東京あるいは関東地方に大地震が起こったらオリンピックを返上するのでしょうか? あるいは、東京オリンピックは無事開催できたとして、その直後にでも大地震が起こったらどうでしょうか? そういったことが杞憂の状況であれば、このようなことを言うのは「ただ不安を煽るだけの見下げた発言」ですが、東京や関東地方にいつ大地震が起こっても意外な(想定外の)状況ではないことは多くの人が自覚していることのはずです。福島復興のために東京オリンピックを成功させよう!」などというスローガンは白々しい限りです。

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政治的指導者たちの大部分は,自分たちは利他的欲求のために行動していると多くの人々を信じ込ませてその地位を得ている。そのような信念も,興奮の影響下では一層容易に受け容れられることはよく理解できる。ブラスバンド,集団祈祷,私刑(リンチ)の執行,そして戦争(注:オリンピックの招致,国会議員団による靖国集団参拝,マスコミによる集団リンチ,仮想敵国による国土侵略の恐怖,その他) と,段階を追って興奮は高まる。★不合理を唱道する者たちは,どうやら,大衆を興奮状態においておけば,自分たちに都合のよいように彼らをだますずっと良い機会がでてくる,と思っているようである★。(麻生元総理が推奨したナチスの手口です。)
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