最初の著作は学界の主流派や権威に楯突かないほうが後々都合よし

ドイツ社会主義についての私の講義は、1896年(ラッセル24歳の時)に出版された。これは、私の最初の著書(注:German Social Democrat/邦訳は、河合秀和訳『ドイツ社会主義』)であったが、私は数理哲学に専念しようと決心していたので、この著作に大きな関心をもたなかった。私は、特別研究員資格取得のための学位論文を書き直し、ケンブリッジ大学出版部に引きうけてもらい、1897年に、『幾何学基礎論』(An Essay on the Foundations of Geometry)という書名で出版した。後に私は、この本はあまりにカントよりであると考えるようになったが、私の最初の哲学に関する著作が、当時の正統派に対し異議を唱えなかったということは、私の名声のためには幸いなことであった。カントを批判する者はすべて、カントを理解し損ねたものとして簡単に片付けてしまうのが、当時の学界(英国哲学会/学者仲間)の慣例であった。また、こうした批判に反駁をあびせるにあたって、私が以前カント(Immanuel Kant, 1724-1804)に賛成していたことがあるという事実は、’何かと好都合’であった(注:皮肉です)。この本は、実際のところ、その価値以上に、高く賞賛された。それ以後、学界の批評家たちは、一般的に言って、その後続けて出版した私の著書について、’(以前の著作よりも)質が低下している’と言ったものである。

TP-GSDMy lectures on German Socialism were published in 1896. This was my first book, but I took no great interest in it, as I had determined to devote myself to mathematical philosophy. I re-wrote my Fellowship dissertation, and got it accepted by the Cambridge University Press, who published it in 1897 under the title An Essay on the Foundations of Geometry. I subsequently came to think this book much too Kantian, but it was fortunate for my reputation that my first philosophical work did not challenge the orthodoxy of the time. It was the custom in academic circles to dismiss all critics of Kant as persons who had failed to understand him, and in rebutting this criticism it was an advantage to have once agreed with him. The book was highly praised, far more highly in fact than it deserved. Since that time, academic reviewers have generally said of each successive book of mine that it showed a falling-off.
出典: The Autobiography of Bertrand Russell, v.1, chap. 5: First marriage, 1967]
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/AB15-120.HTM

[寸言]
TPJ-GSD 「ドイツ社会民主主義論」(German Social Democracy)は,1896年にラッセルが24歳の時の著作ですが、この内容は創設されたばかりのロンドン経済学校(現在のロンドン大学の前身)において、最初の講師として、6回に渡って講義されたものです。
数学者・論理学者及び哲学者であるラッセルの最初の著作が社会思想関係の著作であったとういのは驚きですが、ラッセル家は昔から政治に関係している(たとえば、祖父は英国首相を2度務めたジョン。ラッセル)ことから考えれば、驚くほうがおかしいのかも知れません。実際ラッセルが(若い時を含め)一番読んだ本は文学及び歴史書であり、社会科学に関する豊富な知識(祖父母を通じての実際的な知識も含め)をもっていました。
なお、 German Social Democracy, 1896(みすず書房版の邦訳書名『ドイツ社会主義』)について、経済学者の(故)高橋正雄氏は、下記のページにあるように、『フェビアン研究』に寄稿した論文のなかで激賞し、詳しく解説をしています。
http://russell-j.com/cool/TAKAHASI.HTM