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ラッセル『私の哲学の発展』第18章 「批評に対する若干の返答」その1_3

 アームソン氏の私(の哲学)に対する(種々の)批判は、一部は誤解によるものであり、一部は真に(純粋な)哲学的不一致(哲学上の見解の相違)によるものである。そこで(前者の)誤解による批判を取り払うため(clear away)、私の哲学上の仕事をこれまで導いて来た目的と方法をできるかぎり簡潔に述べてみることにする。  WII(注:ウィトゲンシュタイン『哲学探究』)以前のあらゆる哲学者と共通して(同様に)、私の(哲学研究の)根本的な目標は、世界を可能な限りよく理解し(as well as may be)、知識として認めてよいものを、根拠なき意見として拒否すべきものから分離することであった。WII(ウィトゲンシュタイン『哲学探究』)がなければ、このような、当然認められるはずだと思われる目標を(改めて)述べる必要があるなどとは、私は考えなかったであろう(訳注:ウィトゲンシュタインが生前に出版したのは『論理哲学論考』だけです。『哲学探究』は、ウィトゲンシュタインのWIIの時期における主著とでもいうべき著作であり、ウィトゲンシュタインが亡くなった2年後の1953年に出版されています)。しかし、今や(今日では)、我々が理解するように努めなければならないのは(この)世界ではなく文(章)だけであり、しかも、哲学者の口にする文(章)以外の,いかなる文(章)も真と認められうると想定されている(訳注:オックスフォード学派は「日常言語学派」とも呼称され、哲学者の仕事は日常言語で話される言葉を批判的に分析することだと主張しています。オックスフォード学派は、ウィトゲンシュタインの「語り得ぬものは語るな」という言葉金科玉条として世界(全体)は「語り得ぬもの」であるので哲学探究の対象から外すべきだと主張しているという背景的知識が必要です)。けれども、これは言いすぎかも知れない。WIIの信奉者達(後期ウィトゲンシュタインの信奉者)は、文(章)が指示文(直説法の文)でありうるとともに、疑問文や命令文や願望文でもありうることを、 大した発見でもあるかのように、指摘するのを好みます。けれども、これでは文(章)の領域/範囲を越えることは(が)できない。言語の世界は事実の世界から全くきり離すことができるという奇妙な示唆(suggestions 暗示)が存在しており、それは既に論理実証主義者のなかに見出すことができる。そうして、もし仮に、語られた文(章)は物質の特定の動きからなる一つの物理的な出来事であり、書かれた文(章)はある色の背景の上にそれとは異なった色で記された印から成るなどと言えば、あなたは下品な人間であるとみなされる(訳注:論理実証主義に同意することが多いラッセルですが、これは同意できない考え方です)。我々は、人の言うことが非言語的な原因や非言語的な結果(effect 効果)とをもつこと、また、言語は歩いたり食べたりすることと全く同様にひとつの身体的活動であるといういことを忘れることが想定されている(忘れなければならないとされている)。論理実証主義者の中に既に見られる、論理実証主義者の中には、-特にノイラート (Neurath, 1873-1956) とヘンペル (Hempel, 1905-1997) - カルナップ (Carnap, 1891-1970) は一時期- 文(章)は事実とつきあわせてはならないと明確に主張した。彼らは、(論理的)主張は(論理的)主張とのみ比較されるべきであり、経験と比較されてはならず、我々は実在を命題と比較することは決してできないと断言する。ヘンペルの主張によれば、我々が真(である)と呼ぶところの体系は、「人類によって(現在)採用されている体系であり、特に我々自身の文化圏に属する科学者によって採用されている体系である、という歴史的事実によってのみ特徴づけられる」(とのことである)(訳注:野田氏は scientists を「学者」と訳しているが、ここはあくまでの学者の一部である「科学者」を指すと思われる)。私はこの見解を自著の『意味と真理との研究』のp.112以下で批判(批評)している。そこで、その批評の要点を繰り返すのみにする。その要点は、我々「文化圏」に属する科学者達の言うことは、それ自身ひとつの事実であるから、従って(主張と事実とをつきあわせてはならない、という考え方から)彼らが実際に言っていること(事実)は重要ではなく、彼らが言っているのだと我々の文化圏の(of your ‘culture circle’ )他の成員が言うことが重要である(ということになる)(”not … but (only)” の構文が隠れていることに注意)。これらの著者たち(ヘンペル他)は次のことに気づかなかったように思われる(←彼らに起こったとは思われない)。 私が本のあるページに印刷された文(章)を見る時に私はひとつの感覚的事実に対面しているのであるとは、彼らは思い至らなかったように思われる。また、もし彼らの学説が正しければ、そのページに印刷されているものについての真理はそのページを見ることによって確かめられるべきではなく、我々の友達に対して、あなた方はそこに何が印刷されていると言うかと尋ねることによってのみ確かめらるべきである、ということになること(になってしまうこと)に思い至らなかったように思われる。我々はヘンペルの立場をひとつの寓話によって例証することができるだろう。 彼の財産状態があまりよくなかった時分、あくまでも寓話ですが(so the fable avers その寓話ではそうなっているとします)、あるときヘンペルはパリの安食堂(大衆食堂)に入った(「寓話」です。)メニューを求めた。メニューを読み、牛肉を注文した。食堂に入ってからここのところまでは全て言語(に関するもの)だった。料理が出て来て彼はひと口食べた。これは事実との対面であった。彼は店の主人を呼びつけこう言った、「これは馬肉だ。牛肉じゃないぞ!」。主人は答えた、「すみません。ですが、私の文化圏の科学者達は『これは牛肉である』という文(章)を、彼らが受け入れる文(章)のなかに(ひとつに)含めています」と(訳注:事実との突き合わせは必要でなく、主張と主張との間で整合性が重要とのオックスフォード学派の人達へのからかい)。 ヘンペルは、自身の論証で(on his own showing)、これを平静に(with equanimity)受けいれざる得なくなるであろう。(もちろん)これは馬鹿げている。そうして、カルナップ(Rudolf Carnap, 1891-1970:論理実証主義の代表的論客)はやがてそのことに気づいたのであった。しかし、WII(後期ヴィトゲンシュタイン)の信奉者達はさらに一歩をすすめたのである。経験的陳述について(had been 過去に)二つの見解があった。(即ち)一つは、経験的陳述が事実への何らかの関係によって根拠づけられるというものであり、もう一つは、それら陳述は構文の規則(文法規則)に従うということによって根拠づけられるというものの2つであった。しかし、WII(後期ヴィトゲンシュタイン)の信奉者達はもはやいか なる種類の根拠づけ/正当化にも心を労することなく、従って言語がそれまでかつて享受したことのない無制限の(拘束されない)自由を、言語に対して保証する(secure 確保する)。世界を理解しようという望みは、時代遅れのだと彼ら(英国のオックスフォード学派)は考える。これが、彼らと私とが最も根本的に意見の相違する点である。

Chapter 18: Some Replies to Criticism, n.1_3
Mr Urmson’s criticisms of me are in part due to misunderstandings and in part to genuine philosophical disagreement. In order to clear away the former kind, I will try to state as concisely as I can the purpose and methods which have guided my work in philosophy. In common with all philosophers before WII, my fundamental aim has been to understand the world as well as may be, and to separate what may count as knowledge from what must be rejected as unfounded opinion. But for WII I should not have thought it worth while to state this aim, which I should have supposed could be taken for granted. But we are now told that it is not the world that we are to try to understand but only sentences, and it is assumed that all sentences can count as true except those uttered by philosophers. This, however is perhaps an overstatement. Adherents of WII are fond of pointing out, as if it were a discovery, that sentences may be interrogative, imperative or optative as well as indicative. This, however, docs not take us beyond the realm of sentences. There is a curious suggestion, already to be found among some Logical Positivists, that the world of language can be quite divorced from the world of fact. If you mention that a spoken sentence is a physical occurrence consisting of certain movements of matter and that a written sentence consists of marks of one colour on a background of another colour, you will be thought vulgar. You are supposed to forget that the things people say have non-linguistic causes and non-linguistic effects and that language is just as much a bodily activity as walking or eating. Some Logical Positivists — notably Neurath and Hempel, and Carnap at one time — maintained explicitly that sentences must not be confronted with fact. They maintain that assertions are compared with assertions, not with experiences, and that we can never compare reality with propositions. Hempel maintains that the system which we call true ‘may only be characterized by the historical fact, that it is the system which is actually adopted by mankind, and especially by the scientists of our culture circle’. I have criticized this view in An Inquiry into Meaning and Truth, page 142 ff., and will here only repeat the gist of the criticism, which is that what the scientists of your ‘culture circle’ say is a fact and therefore it does not matter what they say but only what other members of your culture circle say they say. It does not seem to have occurred to these authors that when I see a printed statement on a page I am confronted with a sensible fact and that, if they are right, the truth as to what is printed on the page is not to be ascertained by looking at the page but by asking our friends what they say is printed there. We may illustrate Hempel’s position by a fable: At a certain period, when his finances were not very flourishing (so the fable avers), he entered a cheap restaurant in Paris. He asked for the menu. He read it, and he ordered beef. All this since entering the restaurant was language. The food came and he took a mouthful. This was confrontation with facts. He summoned the restaurateur and said, ‘this is horse-flesh, not beef’. The restaurateur replied, ‘Pardon me, but the scientists of my culture circle include the sentence “this is beef” among those that they accept’. Hempel on his own showing would be obliged to accept this with equanimity. This is absurd, as Carnap in due course came to realize. But the adherents of WII go a step further. There had been two views about empirical statements: one that they were justified by some relation to facts; the other that they were justified by conformity to syntactical rules. But the adherents of WII do not bother with any kind of justification, and thus secure for language an untrammelled freedom which it has never hitherto enjoyed. The desire to understand the world is, they think, an outdated folly. This is my most fundamental point of disagreement with them.
 Source: My Philosophical Development, 1959, by Bertrand Russell
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ラッセル『私の哲学の発展』第18章 「批評に対する若干の返答」n4

 この学派(注:ラッセルに批判的なオックスフォード学派の著作を読むとき、私は、もし仮にデカルトがライプニッツとロックの時代に奇蹟的に生き返ったとしたら(restored to life 蘇る)抱いたであろう(抱いた可能性のある)奇妙な感情を抱いている。1914年以来(注:第一次大戦勃発以来)、私は自分の時間と精力の大部分を哲学以外の事柄に向けてきた。その期間(注:1950年代まで)、3つの哲学が次々に(successively)英国哲学界を支配した第一期は、ヴィットゲンシュタインの『論考(論理哲学論考)』の哲学であり、第二期は、論理実証主義者達の哲学であり、第三期ヴィットゲンシュタインの「哲学的探究』 (Philosophical Investigations) の哲学であった。これら3つのうち、第一のもの私自身の思想に非常に大きな影響を与えた。ただし。この影響が全てにおいて良いものであったとは、私は今では考えていない。 第二の学派、即ち論理実証主義に対しては、私はその最も特徴的な学説のいくつかには不賛成ではあったが、全般的に共感を抱いた第三の学派 -これを便宜上私はWIIで表わし、『論考』の学説を WIと呼んで区別する- は私は今でもまったく理解できないものである。この学説が肯定的に主張するところは私には些細でとるにたりないものに見え、その否定的に主張するところ(訳注:~は間違いだと主張しているもの)は根拠を欠いているように見えるヴィトゲンシュタインの「哲学的探究』の中に私は興味深いと思われるもの(記述)を(これまで)何も見出しておらず、どうして人の学派全体(全員)がこの本の中に重要な知恵を見出すのか理解できない。心理学的にも(Psychologically)これは驚くべきことである。 私が親しく知っていた初期のヴィトゲンシュタインは、熱情的に熱烈に(集中的に)考えることに没頭する人間であり、彼と同様に私も重要だと感じていた難問を深く意識しており、また、彼は真の哲学的天才(才能)を具えていた(あるいは少なくとも私は当時そう考えていた)。それとは反対に、後期のヴィトゲンタインは、真剣な思索に飽きてしまい、そういう活動を不必要とさせるような学説を考案(発明)したように思われる。こういった結果(怠惰)を持つような学説を真だとは、私は一瞬たりとも信じない。けれども、私は自分がそういう学説に対して圧倒的に強い先入観(訳注:bias ラッセルが言う「偏見」や「先入観」は誰でもが持たざるをえない支配的な考えのことであり、世間一般的な意味ではないので要注意)をいだく者であることを認識している。というのも、もしそういう学説が真であるなら、哲学は最善の場合でも辞典の編集者に僅かな助けとなるだけであり、最悪の場合には無益な茶のみ話(an idle tea-table amusement)になるからである(訳注:これは、オックスフォード学派が言葉の意味の分析のみをしていることに対するラッセルの批判です)。

Chapter 18: Some Replies to Criticism, n.1_2
In reading the works of this school I have a curious feeling such as Descartes might have had if he had been miraculously restored to life in the time of Leibniz and Locke. Ever since 1914 I have given a large part of my time and energy to matters other than philosophy. During the period since 1914 three philosophies have successively dominated the British philosophical world: first that of Wittgenstein’s Tractatus, second that of the Logical Positivists, and third that of Wittgenstein’s Philosophical Investigations. Of these, the first had very considerable influence upon my own thinking, though I do not now think that this influence was wholly good. The second school, that of the Logical Positivists, had my general sympathy though I disagreed with some of its most distinctive doctrines. The third school, which for convenience I shall designate as WII to distinguish it from the doctrines of the Tractatus which I shall call WI, remains to me completely unintelligible. Its positive doctrines seem to me trivial and its negative doctrines unfounded. I have not found in Wittgenstein’s Philosophical Investigations anything that seemed to me interesting and I do not understand why a whole school finds important wisdom in its pages. Psychologically this is surprising. The earlier Wittgenstein, whom I knew intimately, was a man addicted to passionately intense thinking, profoundly aware of difficult problems of which I, like him, felt the importance, and possessed (or at least so I thought) of true philosophical genius. The later Wittgenstein, on the contrary, seems to have grown tired of serious thinking and to have, invented a doctrine which would make such an activity unnecessary. I do not for one moment believe that the doctrine which has these lazy consequences is true. I realize, however, that I have an overpoweringly strong bias against it, for, if it is true, philosophy is, at best, a slight help to lexicographers, and at worst, an idle tea-table amusement.
 Source: My Philosophical Development, 1959, by Bertrand Russell
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ラッセル『私の哲学の発展』第18章 「批評に対する若干の返答」n3

 アームソン氏の著書『哲学的分析』(Philosophical Analysis)は非常に有益な目的を果している。 それは、比較的小さな範囲内において(注:within a comparatively small compass/ “in a small compass” : 小範囲内に;簡潔に)、ウィトゲンシュタインとその弟子達が、私の哲学および論理実証主義者達の哲学をどちらもしりぞけて,代りに,先行のいかなる哲学よりも優れていると固く信ずる新しい哲学を採用するにいたった理由を述べている。 アームソン氏はその論評する古い方の見解(earlier views)がどういうものであるかを非常に公平に語っている。また、新しい見解を擁護する(支持する)ために彼が進める論拠(議論)も、それを信奉す人々によって適切に見えるであろうと思われる。 しかし私自身はアームソン氏が提出する論拠(議論)の中に、いかなる正当性をも全く認めることができない。しかも(And)、彼自身の観点(見解)から言っても、 彼の著書の欠陥と判断されなければならないひとつの重要な点がある。彼は、彼が批評している最近20年間に出されたものに、明らかに気づいていない。(訳注:野田氏はこの一行を次のように訳しているが、どうしてこのような訳し方をするのか納得できない。即ち、「彼は、彼が批評している学派の書物でここ二十年の間に出たものは考に入れていないとはっきり言っている)。 論理実証主義者達と私は、我々の学説(doctrines)の欠陥と思われるものを、様々な点で修正しようと(これまで=最近20年間)試みてきたが、そういう試みはアームソン氏によって気づかれていない。 この点において、彼は自分が属する学派全体の慣行(いつものやり方)にならっているだけである。

Chapter 18: Some Replies to Criticism, n.1 S
Some Replies to Criticism n.1 : Philosophical Analysis: Its Development Between the Two World Wars. J. O. Urmson. Oxford at the Clarendon Press. 1956. Mr Urmson’s book Philosophical Analysis serves a very useful purpose. It gives within a comparatively small compass the reasons which have led Wittgenstein and his disciples to reject both my philosophy and that of the Logical Positivists and to substitute a new philosophy which they firmly believe to be better than any of its predecessors. Mr Urmson states very fairly such earlier views as he discusses, and I suppose that the arguments which he advances in favour of the newer views are such as seem cogent to their adherents. I find myself totally unable to see any cogency whatever in the arguments that Mr Urmson advances. And there is one important respect in which, from his own point of view, his book must be judged defective. He avowedly does not notice any writings of the schools which he is criticizing that have appeared during the last twenty years. The Logical Positivists and I have in various respects tried to remedy what seemed to us defects in our doctrines, but such attempts are not noticed by Mr Urmson. In this he is only following the practice of the whole school to which he belongs.   
 Source: My Philosophical Development, 1959, by Bertrand Russell
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ラッセル『私の哲学の発展』第18章 「批評に対する若干の返答」n2

 ウィトゲンシュタイン

 ヴィトゲンシュタインがいくらか似ている二人の偉大な人物が史上に存在する。 一人はパスカルであり、もうひとりはトルストイである(であった)。パスカルは天才的な数学者であったが、信仰心(の深さ)のために数学を捨てたトルストイ作家としての天才を、一種の偽りの謙遜の犠牲に供し、それは、彼を教養人よりも小作人(農民)を好ませ、「アンクルトムの小屋』を他の全ての小説よりも好ませた。ヴィトゲンシュタインは、パスカルが六角形(hexagon)を扱い(play with 戯れる、),トルストイが皇帝達を扱うことができたのと同様の巧みさで、形而上学的複雑さを扱うことができたが、彼は、その才能を捨て去り、トルストイが小作人(農民)の前に身を屈したように、彼は常識の前に卑下した。そうしたのは、どちらも(ウィトゲンシュタインもトルストイも)、自尊心の衝動からであった(自分を卑下する debase oneself)。 私はヴィトゲンシュタインの『論考』は称賛したが、その後の彼の著書は称賛しなかった。それはパスカルやトルストイの場合とよく似た、自分の最上の才能を犠牲(abnegation)にしているように私には思われた(のである)。(訳注:ウィトゲンシュタインは前期と後期にわけて論じられることが多く、日本では後期のウィトゲンシュタインを評価する人がけっこういますが、ラッセルから見れば、前期のウィトゲンシュタインは素晴らしかったが、後期のウィトゲンシュタインは常識に堕し、真剣に考えることをやめてしまったと映っていました。)  
 ヴィトゲンシュタインの追随者達は、(ヴィトゲンシュタインやパスカルやトルストイを,彼ら自身の偉大さへの裏切りにもかかわらず,許すべきものとしている(彼らが経験した)精神的苦悩を (私の認めうるかぎりにおいて)経験することなく、長所があると(私はそう聞かされている)多数の著書をこれまで書いてきており、彼らはそれらの著書のなかで、私の見解と方法とに反対する多くの議論を述べている。(訳注:野田氏は、「a number of」全て「いくつかの」と訳出していますが、「多くの」とか「様々な」と訳したほうがよい場合が多く、この場合も後者だと思われます。ラッセルに対する反論が多数書かれているという現実から見ても、「いくつかの」という訳し方はおかしいと気づくべきです。)私は、真剣に努力して見たが、彼らの私に対する批評の中にはいかなる正しさ(妥当性)を見出すことができなかった。 これは私が盲目であるためか、あるいは(これらの論文には書かれていないが)何かもっと正しい根拠があるのかどうか、私にはわからない。 私は読者がこの点について判断される助けになるようにと、すでに学術雑誌に4つの論争的論文を発表しているが、それらをここに再録しておく。その4つの論文とは、  (1)「哲学的分析」に関する論文、これはアームソン 氏の著書の書評  (2)「論理学と存在論」 これはウォーノック氏の書いた「論理学における形而上学」という一章についての吟味である。  (3)「外延的指示についてのストローソン氏の見解」は、私の記述理論に対する彼の批評への反駁である。  (4)「心とは何か」: これはライル教授の著書 『心の概念』の書評である。

Chapter 18: Some Replies to Criticism, n.2
There are two great men in history whom he somewhat resembles. One was Pascal, the other was Tolstoy. Pascal was a mathematician of genius, but abandoned mathematics for piety. Tolstoy sacrificed his genius as a writer to a kind of bogus humility which made him prefer peasants to educated men and Uncle Tom’s Cabin to all other works of fiction. Wittgenstein, who could play with metaphysical intricacies as cleverly as Pascal with hexagons or Tolstoy with emperors, threw away this talent and debased himself before common sense as Tolstoy debased himself before the peasants — in each case from an impulse of pride. I admired Wittgenstein’s Tractatus but not his later work, which seemed to me to involve an abnegation of his own best talent very similar to those of Pascal and Tolstoy. His followers, without (so far as I can discover) undergoing the mental torments which make him and Pascal and Tolstoy pardonable in spite of their treachery to their own greatness, have produced a number of works which, I am told, have merit, and in these works they have set forth a number of arguments against my views and methods. I have been unable, in spite of serious efforts, to see any validity in their criticisms of me. I do not know whether this is due to blindness on my part or whether it has some more justifiable grounds. I hope the reader will be helped to form a judgment on this point by four polemical articles which have already been published in learned journals but which arc here reprinted. The four articles in question are: (1) on ‘Philosophical Analysis’ which is a review of a book by Mr Urmson; (2) ‘Logic and Ontology’, which is an examination of a chapter by Mr Warnock called ‘Metaphysics in Logic’; (3) ‘Mr Strawson on Referring’, which is a rebuttal of his criticism of my theory of descriptions; and (4) ‘What is Mind?’: which is a review of Professor Ryle’s book The Concept of Mind,  Source: My Philosophical Development, 1959, by Bertrand Russell More info.:https://russell-j.com/beginner//BR_MPD_18-020.HTM

ラッセル『私の哲学の発展』第18章 「批評に対する若干の返答」n1

 自分が一時期もてはやされた後、時代後れだと気づく(発見する)のを見ることは、あまり愉快な経験ではない。この経験を上品に受けいれることはむずかしい。ライプニッツは、老年の時、G. バークリが(いろいろ)称賛されるのを聞いた時に、次のように言った、「肉体(を含めた物体)の実在性に異議を唱えている(疑っている)アイルランドのあの青年は、自分の主張を十分に説明もせず、適切な論拠も示しもしていないように思われる。彼はパラドクス(逆説)を弄して世に知られようと望んでいるのではないかと疑われる(suspect him of)」と。私はウィトゲンシュタインについてまったく同じことを言うことはできない。ウィトゲンシュタインは、多くの英国の哲学者の意見では、私に取って代った(乗り越えた)とされている。彼が世の中に知られたく思ったのは、逆説によってではなく、逆説の心地よき回避によってであった。彼は非常に風がわりな人物であり、彼の弟子(門弟)達は彼がどういう人物であったかを知っていたか、私は疑わしく思う。

Chapter 18: Some Replies to Criticism, n.1
It is not an altogether pleasant experience to find oneself regarded as antiquated after having been, for a time, in the fashion. It is difficult to accept this experience gracefully. When Leibniz, in old age, heard the praises of Berkeley, he remarked: ‘The young man in Ireland who disputes the reality of bodies seems neither to explain himself sufficiently nor to produce adequate arguments. I suspect him of wishing to be known for his paradoxes.’ I could not say quite the same of Wittgenstein, by whom I was superseded in the opinion of many British philosophers. It was not by paradoxes that he wished to be known, but by a suave evasion of paradoxes. He was a very singular man, and I doubt whether his disciples knew what manner of man he was.
 Source: My Philosophical Development, 1959, by Bertrand Russell
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ッセル『私の哲学の発展』第17章 「ピタゴラスからの後退」n6

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 この気持の変化で、何かが(あるものが)失われたが、また何かが得られた。 失われ たものは、完全性(完璧性)や最終的なもの(決定的なもの)や確実性を発見しようとする希望である(であった)。得られたものは、私が嫌悪感を抱いていたいくつかの真理への新たな服従であった。けれども、私が以前抱いていた信念の放棄は決して全面的なものではなかった。いくつかのものは私のもとに残り、今でも残っている。:(即ち)  私は今でも、真理は事実との関係に依存しており(真理は事実との関係によって決まるものであり)、事実は一般的に非人間的なものである(人間の影響で事実となったり事実でなくなったりはしない)と考えている。私は今でも、人間が宇宙的に見ればは重要なものではなく(とるに足りないものであり)、ひとつの絶対的存在者 - 「今」と「ここ」(時間や空間)という先入観(偏見)なしに、宇宙を公平に見ることができる存在者- がもし存在するとしたら、恐らく、書物の終り近くにつける脚注以外では人間のことはほとんど言及しないだろう、と私は考える。しかしながら、私はもはや、人間的要素の存在する場所から それを追い払おうとは望まない。私はもはや、知性が感覚よりすぐれていて、プラトンのイデヤの世 界のみが「真実の」 世界を知らしめる、とは感じない。以前には、感覚や、感覚の上にきずかれた思想とを、牢獄の格子としてでな く、窓として考える。われわれは、いかに不完全にもせよ、ライプニッツの単子のように世界を映すことができる、と私は考える。そして物を歪めぬ鏡となることにできるかぎりつとめることが、哲学者の義務 である、と考える。しかしまた、われわれの本性そのもののゆえに避けがたい歪曲をはっきり認める こともまたかれの義務である。そういう歪曲のうち最も根本的なものは、われわれが世界をこごとい の見地から見て、有神論者が神に帰するようなひろい公平さで見るのではない、ということである。 そういう公平な見方に達することはわれわれには不可能であるが、それに向ってる距離を歩むこと はわれわれにもできる。そしてこの目標への道案内をすることこそ哲学者の最高の義務なのである。

Chapter 17: Retreat from Pythagoras ,n.6
In this change of mood, something was lost, though something also was gained. What was lost was the hope of finding perfection and finality and certainty. What was gained was a new submission to some truths which were to me repugnant. My abandonment of former beliefs was, however, never complete. Some things remained with me, and still remain: I still think that truth depends upon a relation to fact, and that facts in general are non-human; I still think that man is cosmically unimportant, and that a Being, if there were one, who could view the universe impartially, without the bias of here and now, would hardly mention man, except perhaps in a footnote near the end of the volume ; but I no longer have the wish to thrust out human elements from regions where they belong; I have no longer the feeling that intellect is superior to sense, and that only Plato’s world of ideas gives access to the ‘real’ world. I used to think of sense, and of thought which is built on sense, as a prison from which we can be freed by thought which is emancipated from sense. I now have no such feelings. I think of sense, and of thoughts built on sense, as windows, not as prison bars. I think that we can, however imperfectly, mirror the world, like Leibniz’s monads; and I think it is the duty of the philosopher to make himself as undistorting a mirror as he can. But it is also his duty to recognize such distortions as are inevitable from our very nature. Of these, the most fundamental is that we view the world from the point of view of the here and now, not with that large impartiality which theists attribute to the Deity. To achieve such impartiality is impossible for us, but we can travel a certain distance towards it. To show the road to this end is the supreme duty of the philosopher.
 Source: My Philosophical Development, 1959, by Bertrand Russell
 More info.: https://russell-j.com/beginner//BR_MPD_17-060.HTM

ラッセル『私の哲学の発展』第17章 「ピタゴラスからの後退」n.5 

 あの第一次世界大戦の一つの結果は、私が抽象の世界に生き続けることを不可能にしたということであった。私は、若者達が軍用列車に乗り込むのをいつも見ており、彼らは、将軍どもが愚かであるために、ソンム(訳注:on the Somme ソンムの戦い:第一次世界大戦における最大の会戦で、フランス北部を流れるソンム河畔の戦線において展開された闘い)で虐殺されていた。私はこれらの若者達に痛切な同情心を感じ、自分が苦痛によって現実世界に結びつけられているのを発見した(訳注:長い間抽象の世界に生きてきたが戦争によって現実世界に引き下ろされたということ)。観念の抽象的な世界について私の持っていたあらゆる大げさな考えは、私をとり囲む巨大な苦悩から見れば、薄っぺらかつつまらないものに思えた。非人間的世界は折々に逃げるために避難所としては残り続けたが、永遠の(永続的な)住処を築くための国としては残らなかった(失われてしまった)。

Chapter 17: Retreat from Pythagoras ,n.5
One effect of that War was to make it impossible for me to go on living in a world of abstraction. I used to watch young men embarking in troop trains to be slaughtered on the Somme because generals were stupid. I felt an aching compassion for these young men, and found myself united to the actual world in a strange marriage of pain. All the high-flown thoughts that I had had about the abstract world of ideas seemed to me thin and rather trivial in view of the vast suffering that surrounded me. The non-human world remained as an occasional refuge, but not as a country in which to build one’s permanent habitation.
 Source: My Philosophical Development, 1959, by Bertrand Russell
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ラッセル『私の哲学の発展』第17章 「ピタゴラスからの後退」n.4

 数学的推論の優美な部分から得られる審美的な喜び依然として残っているしかしこの点においてもまた 幻滅があった。以前の章で述べた数学の基礎にひそむ矛盾の解決は、真であるかも知れぬが美しくは ない理論を採ることによってのみ可能であると思われた。私は矛盾について、熱心なカトリック信者 が邪悪な法王たちについて感ぜざるをえぬところとほとんど同じ感じをもつ。数学において見出そう とずっと期待しつづけて来たすばらしい確実性は、どう抜け出したものか分らぬような迷路の中に失 われた。これらすべては、もし私の禁欲的な精神状態が弱まりはじめたのでなかったなら、私を大い に悲しませたことであろう。 禁欲的気分ははじめ私をまことにつよく捕え、ダンテの『新生』は私に は心理的に全く自然と感ぜられ、その異様な象徴的表現は情緒的満足を私の心に与えたほどだった。 しかしこの気分は去りはじめ、最後に第一次世界大戦によって全く払拭された。

Chapter 17: Retreat from Pythagoras ,n.4
The aesthetic pleasure to be derived from an elegant piece of mathematical reasoning remains. But here, too, there were disappointments. The solution of the contradictions mentioned in an earlier chapter seemed to be only possible by adopting theories which might be true but were not beautiful. I felt about the contradictions much as an earnest Catholic must feel about wicked Popes. And the splendid certainty which I had always hoped to find in mathematics was lost in a bewildering maze. All this would have made me sad but for the fact that the ascetic mood had begun to fade. It had had so strong a hold upon me that Dante’s Vita Nuova appeared to me psychologically quite natural, and its strange symbolism appealed to me as emotionally satisfying. But this mood began to pass, and was finally dispelled by the First World War.
 Source: My Philosophical Development, 1959, by Bertrand Russell
 More info.: https://russell-j.com/beginner/BR_MPD_17-040.HTM

ラッセル『私の哲学の発展』第17章 「ピタゴラスからの後退」n.3

        数学的な美

 この頃の私の数学に対する態度は、「数学の研究」と名付けられた論文に表われている。これは1907年に「The New Quarterly」誌 に発表され、また、(私の)『 Philosophical Essays(哲学論文集)』(1910年刊)に再録された。この論文集からの(以下の)いくつかの引用が、当時私の感じていたことを例証している。

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 数学は、正しく見れば、真理を持つだけでなく、最高の美を持っている。その美は、彫刻の美のように、冷たく簡素な(禁欲的な)美であり、我々(人間)の本性の弱い部分に訴えることなく、絵画や音楽のような立派な装飾を持たず、しかるに(yet)この上なく純粋で ただ最高の芸術のみが示すことができるような厳しい完全性を持ちうるのである。喜びの真の精神、 精神の高揚、人間以上のものであるという感じは、- これこそ最高の卓越性の証拠であり- 詩の中においてと同様に確実に(as surely as)、数学の中に見出すことができる。数学における最上のものは、単に課題として学ぶ価値があるだけでなく、日常的な思考の一部として吸収され(同化され)、繰り返し繰り返しそれを心に思うことによって、常に新たな励ましをもたらしてくれる。 実生活(real life )は大多数の人にとって長期にわたる次善のもの( a long second-best)であり、理想と可能との間における絶えざる妥協(の産物)である。しかし、純粋理性の世界は妥協を知らず,実際上の制限を知らず、 全て偉大な作品が生まれいづる(ところの)完全なものへの熱情的な憧憬を見事な建造物に具体化(具現化)する創造的活動を妨げる何ものをも知らない(のである)。人間の情念から遠く離れ、自然の事実からさえも遠く離れ、 幾世代もの人々が、一つの秩序ある宇宙を造り出してきた(きている)。 そこには純粋な思考がその自然の住処(すみか:s in its natural home)を見出すことができ、我々(人間)の持つ高貴な衝動の少なくとも一つが、現実世界の悲惨な流浪(he dreary exile of the actual world.)から逃れることができるのである。

 非人間的なるものについての熟考(沈思黙考)我々の精神によって作り出されたものではない材料をとり扱うことができるという発見、とりわけ、美が(人間の)内的世界に属するように外的世界にも属していると理解する(悟る)ことは、外的な力がほぼ全能(the all-but omnipotence of alien forces)であるのを認めることからあまりにもしばしば生ずる、あのおそるべき無力感、虚弱感、敵意ある諸力の中に追放されているという意識を克服するための主な手段である。運命の支配に対して -運命の支配というのは、(上述の)諸力を単に文学的に擬人化(personification)したものにすぎない- おごそかな美を展示して我々と和解させることは、悲劇の任務とするところである。しかし、数学は人間的なるものからさらに一層我々を引き離し、現実世界のみならずあらゆる可能世界が従わなければならない(ところの)絶対的必然性の領域に我々を連れてゆく。そして まさにこの所に、数学はその住みかを建てる、あるいはむしろ、永遠の昔から立っている住みかを見出す のであり、そこでは我々の理想は完全に満たされ、我々の最上の希望は阻止されないのである。

 あまりにもしばしば次のように主張さされる。即ち、絶対的真理は存在せず、ただ意見と私的判断のみが存在するとか、我々は全て、世界の見方において、我々自身の個人的特質や趣味や偏見によって条件づけられているとか、忍耐や訓練によって最後には入ることできるところの外にある真理の王国なるものは存在せず、ただ私にとっての真理やあなたにとっての真理、つまり個々人にとっての真理のみが存在するとか(しばしば主張される)。しかし、このような精神的習慣によって、人間の努力の主要な目的の一つは否定され、 公平無私(candour)、即ち、現実のあるがままを恐れを抱かず認めるという最高の美徳(最高善)は、我々の道徳的視野から消えてしまう(のである)。

 悪と苦悩に満ちた世界において、いかに高貴であるにせよ常に少数の者にしか与えられない喜びを享受するために、観想という宗教的避難所(cloister)に隠れ住むことは、正義が全く役割を果たさない偶然の出来事によって他の人々に課せられている重荷を共有することをいくらか利己的に拒んでいるようにしか見えない(cannot but appear as)。我々は問う、 現在の諸悪から身を引き、同胞を見すてて助けず、自らは労多く厳しき生とは言え、明らかにそれ自体において良い暮らしを送る権利を我々は持っているのであろうか?
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 これら全てのことは、それを信ずる喜びを私は今もなおありありと覚えているが、私には (今では)ほとんど無意味であると思われるようになっている。それは一部には専門的(学問的)理由からであり、一部は世界に対する私の一般的な見方の変化のゆえである。数学はその主題において非人間的なものだとは私には思われなくなった。私は、大変不本意ながら数学はトートロジー(同語反復/恒真命題)で成り立っていると信ずるにいたった。 十分な知力を持つ精神にとっては、数学全体がありふれたつまらないこと、たとえば「四足獣は獣である」 (訳注:同語反復の例)という陳述のようないつまらないものに思われるであろう。数学の無時間性(訳注:数学は時間の流れに影響を受けない永遠の真理であるという性質)は、かつての私に そう見えたような崇高さ(sublimity)を決して持たず、純粋数学が時間について語るところがないということにすぎない、と私は考える。私はもはや数学的真理の観想の中にいかなる神秘主義的満足をも見出すことはできない(のである)。

Chapter 17: Retreat from Pythagoras ,n.3
My attitude to mathematics at this time was expressed in an article called ‘The Study of Mathematics’, which was printed in The New Quarterly in 1907, and reprinted in Philosophical Essays (1910). Some quotations from this essay illustrate what I then felt: Mathematics, rightly viewed, possesses not only truth, but supreme beauty — a beauty cold and austere, like that of sculpture, without appeal to any part of our weaker nature, without the gorgeous trappings of painting or music, yet sublimely pure, and capable of a stern perfection such as only the greatest art can show. The true spirit of delight, the exaltation, the sense of being more than man, which is the touchstone of the highest excellence, is to be found in mathematics as surely as in poetry. What is best in mathematics deserves not merely to be learnt as a task, but to be assimilated as a part of daily thought, and brought again and again before the mind with ever-renewed encouragement. Real life is, to most men, a long second-best, a perpetual compromise between the ideal and the possible; but the world of pure reason knows no compromise, no practical limitations, no barrier to the creative activity embodying in splendid edifices the passionate aspiration after the perfect from which all great work springs. Remote from human passions, remote even from the pitiful facts of nature, the generations have gradually created an ordered cosmos, where pure thought can dwell as in its natural home, and where one, at least, of our nobler impulses can escape from the dreary exile of the actual world. The contemplation of what is non-human, the discovery that our minds are capable of dealing with material not created by them, above all, the realization that beauty belongs to the outer world as to the inner, are the chief means of overcoming the terrible sense of impotence, of weakness, of exile amid hostile powers, which is too apt to result from acknowledging the all-but omnipotence of alien forces. To reconcile us, by the exhibition of its awful beauty, to the reign of Fate — which is merely the literary personification of these forces — is the task of tragedy. But mathematics takes us still further from what is human, into the region of absolute necessity, to which not only the actual world, but every possible world must conform; and even here it builds a habitation, or rather finds a habitation eternally standing, where our ideals are fully satisfied and our best hopes are not thwarted. Too often it is said that there is no absolute truth but only opinion and private judgment; that each of us is conditioned, in his view of the world, by his own peculiarities, his own taste and bias; that there is no external kingdom of truth to which, by patience, by discipline, we may at last obtain admittance, but only truth for me, for you, for every separate person. By this habit of mind one of the chief ends of human effort is denied, and the supreme virtue of candour, of fearless acknowledgment of what is, disappears from our moral vision. In a world so full of evil and suffering, retirement into the cloister of contemplation, to the enjoyment of delights which, however noble, must always be for the few only, cannot but appear as a somewhat selfish refusal to share the burden imposed upon others by accidents in which justice plays no part. Have any of us the right, we ask, to withdraw from present evils, to leave our fellowmen unaided, while we live a life which, though arduous and austere, is yet plainly good in its own nature? All this, though I still remember the pleasure of believing it, has come to seem to me largely nonsense, partly for technical reasons and partly from a change in my general outlook upon the world. Mathematics has ceased to seem to me non-human in its subject-matter. I have come to believe, though very reluctantly, that it consists of tautologies. I fear that, to a mind of sufficient intellectual power, the whole of mathematics would appear trivial, as trivial as the statement that a four-footed animal is an animal. I think that the timelessness of mathematics has none of the sublimity that it once seemed to me to have, but consists merely in the fact that the pure mathematician is not talking about time. I cannot any longer find any mystical satisfaction in the contemplation of mathematical truth.
 Source: My Philosophical Development, 1959, by Bertrand Russell  
 More info.: https://russell-j.com/beginner//BR_MPD_17-030.HTM

ラッセル『私の哲学の発展』第17章 「ピタゴラスからの後退」n.2

 私の数学の応用への興味・関心は、次第に数学がその基礎をおく原理(数学原理)への興味・関心に置き換えられていった(変わっていった)。この変化は数学的懐疑論を論破したいという望みから起った。私が受けいれるようにと言われていた議論(論証)の多くは、明らかに誤まっており、数学的信念に対するより強固な基礎を与えると思われる本は、見つけしだい何でも(片っ端から)読んだ。この種の研究は、私を応用数学から次第に遠ざからせ、ますます抽象的な領域へと、最終的には、数理論理学へと、私を導いた。 (そうして)私は数学を、主として(第一に)感覚的世界を理解し処理するための道具としてではなく、プラトン的世界に存立,し,不純な堕落した形においてのみ,感覚的世界に降りてくる(ところの),抽象的建造物(abstract edifice )として考えるにいたった。今世紀(注:20世紀)の初期における私の一般的な物の見方(my general outlook)は、非常に禁欲的なものであ った。 私は現実の世界を嫌い、変化も衰退もまた進歩のキツネ火(will-o’-the-wisp 幻影)も存在しない時間のない世界に避難所を求めた。こういう見方は非常にまじめかつ真剣なものであったが、時にはそれを私は軽薄な(frivolous 少し不真面目な)やり方で表現した。私の義兄のローガン・ビアサル・スミスは人に会うといつも尋ねる一組の質問を持っていた(いつも一組の質問をしたものである)。その一つは、「何が特に好きか」という質問であった。私はこう答えた、「数学と海、それから神学と紋章学(が好きです) 前者の二つは非人間的だから好きであり、後者の二つは馬鹿げているから好きです」。けれども、この答え(方)は、質問者の是認を得たいという望みからそういった形(不真面目な形態)をとったのである。

Chapter 17: Retreat from Pythagoras ,n.2
My interest in the applications of mathematics was gradually replaced by an interest in the principles upon which mathematics is based. This change came about through a wish to refute mathematical scepticism. A great deal of the argumentation that I had been told to accept was obviously fallacious, and I read whatever books I could find that seemed to offer a firmer foundation for mathematical beliefs. This kind of research led me gradually further and further from applied mathematics into more and more abstract regions, and finally into mathematical logic. I came to think of mathematics, not primarily as a tool for understanding and manipulating the sensible world, but as an abstract edifice subsisting in a Platonic heaven and only reaching the world of sense in an impure and degraded form. My general outlook, in the early years of this century, was profoundly ascetic. I disliked the real world and sought refuge in a timeless world, without change or decay or the will-o’-the-wisp of progress. Although this outlook was very serious and sincere, I sometimes expressed it in a frivolous manner. My brother-in-law, Logan Pearsall Smith, had a set of questions that he used to ask people. One of them was, ‘What do you particularly like?’ I replied, ‘Mathematics and the sea, and theology and heraldry, the two former because they are inhuman, the two latter because they are absurd’. This answer, however, took the form that it did from a desire to win the approval of the questioner.
 Source: My Philosophical Development, 1959, by Bertrand Russell
 More info.: https://russell-j.com/beginner//BR_MPD_17-020.HTM