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いくつかの命題を信ずる、あるいは暫定的に受け入れることから、結論としての命題を導き出すプロセスのこと。「論証reasoning」ともいう。「証明proof」もほぼ同義だが、目当ての結論を正当化する「証明」に対して、「推論」には結論が予めわかっていないという含みがある。また「証明」とは異なり、結論を厳密に導き出すプロセスとは限らない。前提が真であっても、結論が真とは限らないような大まかな導出も「推論」と呼ばれる。 かくして、推論は二種に大別される。厳密な論理的推論(演繹)と、厳密でない蓋然的な経験的推論(帰納、類推など)である。論理的推論は、語を定義し、出発点の命題として一群の公理を立て、推論規則により異論の余地なく定理を導き出してゆく演繹体系にまとめられる。数学がその最たる例である。実際上の目的には論理的推論だけでは不充分で、情報を付加したり拡大したりする経験的推論が不可欠だが、経験的推論には広く同意されている推論規則がない。帰納論理学というものも研究されているが、「確証」という概念に曖昧さがつきまとうため、厳密な論理体系とはなっていない。 論理的か経験的かを問わず、客観的な規約や事実から客観的命題を導き出す「理論的推論」に対し、結論として「〜すべし」「〜するな」「〜は望ましい」といった規範や評価のような実践的判断を導く推論を「実践的推論」という。実践的推論のためには、前提に必ず実践的判断が含まれねばならない、という立場が有力だが、異論もある。 理論的か実践的かを問わず、推論の根拠を正当化するのは論理学や哲学の仕事だが、事実としていかなる「思考の法則」が働いているかという面から推論を捉えることもできる。「アリストテレスはPと述べている。したがって、Pは真である」のような「権威からの論証」は、正当化できない誤った推論だが、我々は日常、専門家の言うことを鵜呑みにして生活せざるをえない。このような、論理学では正当化しがたい推論の仕組みを研究するのは、心理学や社会学の仕事となろう。 参考文献: 大出晃『論理の探究』慶應義塾大学出版会 1980年 野矢茂樹『論理トレーニング』産業図書 1997年 |