三浦俊彦のページ


自作解説

(Essay 私の本)『健康なんかこわくない!』
 『DO BOOK』1998年11月号所収
 * 微差にトキメく幸福・・・
     雑誌掲載写真

 十年以上にわたるわが「健康食品マニア」の喜び、こだわりの数々を、ダイエット世代・抗菌グッズ世代に向けて発信してみよう。雑誌「鳩よ!」九四年十二月号にコラム連載を始めたときの意識はこんな感じだった。
 生ローヤルゼリーってすごい味ですぜ、どうかお試しあれ。マムシエキスの生臭さったらひととおりじゃありません、ぜひ一度。大麦若葉の青汁とヨモギ粉末いっしょに牛乳に溶かすとそれはそれは美味ですぜ、グルメのかたもどうぞ一杯。定価一万五千円のクロレラが売値二千六百円、どういうウラがあるんでしょうかね。……話題は汲めども尽きぬ。大学で学生と喋るとおりの口語調、自然体のリズムでぐんぐん書き進んでしまう。快調ぶりを編集部も感じてくれたのだろう、連載開始後半年ほどして、一回あたり二倍の十枚に増やし、コラムから独立した三浦俊彦のページにしたいとの申し出をいただいた。が、せっかくだが辞退した。現状の五枚でこそ毎回納得ゆくまで推敲でき、上質の文章を維持できると考えたからだ。
 話題は「健康」一般に広がってゆく。鍼は、足つぼマッサージはどれほど痛いか。瞑想音楽の逸品とは。歯列矯正の感覚はどんなものか。父親への癌告知は正しかったか。韓国エステと台湾エステの違いとは。そうした個人的体験のみならす、折々の話題−電磁波の危険が囁かれれば電磁波を、O157が流行ればO157を、バイアグラが出ればバイアグラを論評していった。こうして本書は、(1)私個人の健康道バージョンアップの軌跡であると同時に、(2)世紀末健康文化のトレンド記録を兼ねることになったのである。
 それにしても「健康」のタイトルで何でも書けちまうもんだなあ、と呆れてしまったことは事実である。なにしろ私自身のかつてのストーカー行為、缶烏龍茶の収集、放射性廃棄物再処理場視察報告なども一回分のテーマになってしまったのだ。真・善・美も、愛も、バブル崩壊とやらにより経済的「利」でさえ疑わしくなったこの世紀末、「健康」イデオロギーだけは微動だにせず私たちの生活の隅々まで支配している。ここから独善的な病者差別や、画一的な管理主義が増長してくる怖れはないだろうか。
 そう思って振り返ると、本書には「○○が効いた」「△△は体によい」といった記述が幸い一つもない。私にとっては「健康」なんて実はどうでもいいのだった。逆に、毎日錠剤を二十種類百八十粒、粉末を二十袋分以上摂取して体によいという保証はないではないか。だからこの本はむしろ、(3)「健康食品、これだけ飲んでもまだ大丈夫」という人体実験報告だと言うべきなのかもしれない。
 というか、ともあれ「健康」は従うべき規範でも目標でもない、雰囲気、趣昧であるべきなのだ、生活なのだ、微差や肌理(きめ)への感受性そのものなのだ。そういう悟り。こうした(4)厚生省的「健康教」への異議申し立てこそが本書の本当の顔だとひとまず言っておこう。
 マガジンハウスの会議室で行なった「烏龍茶試飲会」の記録を巻末に掲載したのもそういう趣旨である。市販の二十種類以上の缶烏龍茶を七人がかりで比較、評価するという会だ。一見ど−でもいい味・色の微差。そこにカンジること・・・。
 なお、本書の表紙を飾る色とりどりのドリンク剤、健康食品の瓶や箱は、私のコレクションの一部。もう入手できない基調なパッケージも含まれている。これらの製品が本文中どこに出てくるかな、どんな活躍をしたのかな、と探しながら読んでいただくのも一興でしょうね。