「虚構 fiction」(三浦俊彦)
『記号学大事典』(柏書房,2002年5月)所収
 現実に一致しない描写を総称する概念。狭義には、小説、映画、演劇など、物語としての虚構。架空の世界を設定し、現実とは異なる可能性をシミュレーションするもので、音楽、建築など純粋芸術に対し再現芸術を形作る。境界線上に絵画や彫刻、詩などがある。
 虚構は別世界を「提示」するのみで自らが現実だと「主張」しない点で、嘘や捏造、宗教経典の史話のような代替現実とは異なる。また、意図的な創造行為によって作られる点で、伝承や夢や幻覚などのように自然現象として生じる擬似現実とも異なる。
 科学で用いられる理想気体、質点、完全競争など、現実のモデル構築を容易にするため事象を理想化・抽象化した概念も、広義に虚構と呼ばれる。数学の円周率、素数、空集合などになると、近似的にすら対応する具体物が存在しない。これらは普遍的な適用が求められる点で、個性的世界を作る狭義の虚構と異なる。ただし狭義の虚構も、人物類型や教訓や蓋然性の描写を通じて、普遍的な真理の認識に資することがしばしば期待される。

 参考文献: 西村清和『フィクションの美学』勁草書房
       三浦俊彦『虚構世界の存在論』勁草書房 1995年