「演繹と帰納 deduction,induction」(三浦俊彦)
『記号学大事典』(柏書房,2002年5月)所収
 演繹は、一組の前提から推論規則にしたがって結論を導き出す推論のこと。推論規則がどのようなものであるべきかについて絶対の制限はない。「前提に否定文が一つだけ現われたら結論はその肯定形とする」という規則を設定すれば、「人間はみな死ぬ。太郎は死なない。したがって、太郎は死ぬ」という奇妙な推論が得られるが、これは演繹的な推論である。何が演繹であるかは、推論規則に対して相対的なのである。しかし通常は、「人間はみな死ぬ。太郎は死なない。したがって、太郎は人間ではない」のように、直観的に納得できる推論のみが妥当となるように推論規則を定めたい。とくに、前提が真であるとき、結論が決して偽にならないようにしたい。そうした体系のうち最も豊かな定理を持つ論理が、標準論理と呼ばれる。
 演繹的推論は、推論規則の制約内でのみ結論を導くので、前提が含む以上の新しい情報を結論が含むことはない。とはいえ、人間の洞察力は限られているため、自明な前提から演繹によって、思いもよらぬ結論が導き出されることがある。逆に、演繹により不合理な結論が出てきたことから前提の否定を導く背理法のような推理にも実用性がある。
 演繹以外の推論、すなわち、前提に含まれない経験的情報を結論として導き出す拡張的な推論を総称して帰納という。狭義には、統計的類推を帰納と呼ぶ。赤い実aは甘い、赤い実bは甘い……という経験を何度か得たことから、この赤い実zも甘い、あるいは、赤い実はどれも甘い、と結論するような推論だ。帰納の場合、前提が真であっても結論が真とは限らない。証拠と仮説の関係を研究する帰納論理学もあるが、「確証」という概念に曖昧さがつきまとうため、厳密な論理体系とはなっていない。
 演繹は、前提が真であるとき結論が真となる確率が100%の特殊な帰納と見ることができる。他方、帰納を、論証過程の一部が省略された不完全な演繹と見なすこともできる。つまり演繹と帰納は截然と区別されるものではなく、一元的に捉えることもできるが、理論上は二本立てで考えるのが便利である。

 参考文献: ジョン・ノルト、デニス・ロハティン『マグロウヒル大学演習 現代論理学(T)(U)』オーム社 1995-6年
       三浦俊彦『論理学入門』NHK出版 2000年