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現実の世界に代わる仮想的な諸世界。1950年代後半に様相論理学の解釈モデルとして提示されて以来、論理学と哲学で広く用いられる概念となった。各々の可能世界において、いかなる命題も真か偽いずれか一方の値をとるとされる。現実世界も可能世界の一つとして扱われる。可能世界論の功績は、質的で曖昧な様相を、可能世界に関する様相抜きの記述によって置き換え、操作しやすくしたことだろう。ある命題が「必然」「可能」「不可能」「偶然」であるとは、それぞれ「あらゆる可能世界で真」「ある可能世界で真」「あらゆる可能世界で偽」「ある可能世界で真、別の可能世界で偽」と解釈される。
さらに、「Pが必然であるとき、Pが必然であることは必然か」「Pが現実に真であるとき、Pが可能であることは必然か」のような反復様相を含む文は、言葉で考えていると混乱に陥りやすいが、可能世界の間に「到達関係」を設定し、この関係が反射性、対称性、推移性などの性質を持つか持たないかといった幾何学的問題として解釈すると、どの場合にどの反復様相の命題が真となるのかが直観的に説明されることになる。 他にも、「隕石の軌道がずれていたら、今も恐竜が地球の支配者だったろう」のような反事実条件文は、可能世界どうしの類似性によって解釈され、「火星人が存在しうるなら、火星人でありうるものが存在する」といったバーカン式と呼ばれる禅問答的命題は、別々の可能世界に存在する諸個体の間の同一性によって解釈されるなど、曖昧な問題を整然と定式化するのに可能世界が役立つ。 方法的に有用な概念だからといって、可能世界の本性が明晰であるわけではない。むしろ、諸難問が孕んでいた曖昧さがことごとく可能世界に皺寄せされたとも言える。諸可能世界は現実世界と同等の物理的実在であるという「様相実在論」が成り立てば話は簡単だが、可能世界は定義上、互いに因果関係を持たないため、様相実在論は検証できない。他方、可能世界を便宜的な虚構とする立場では、可能世界論が解決した哲学的難問を再び抱え込むおそれがある。 参考文献: 飯田隆『言語哲学大全V:意味と様相(下)』勁草書房 1995年 三浦俊彦『可能世界の哲学』NHK出版 1997年 |